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RISKY―傷だらけの十字架―  作者: 桜井敦子
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56.喪失 その3

週明けの朝――。


リコはいつものオフィス街の職場へと向かった。



いつもの通勤と職場の風景は何一つ変わっていない。

だが、その景色さえも霞んだ見えてしまう。


リコの週末は余りにショックな出来事ばかりだった。


慎也が突然、嫌っていた筈の父親の会社の後を継いだこと、そして、一樹から慎也への愛の確信に疑問を抱かせることを言われたこと…。



「リコ……」

職場に着くと、ハナが挨拶もせず、リコに声をかけて来た。


週末あれ程テレビで大々的に報道されていたので、慎也の件はハナも知らない筈がなかった。



リコが気付くと、ハナはカフェテリアへリコを誘った。



「あたし、何て言っていいか分かんないよ…」

紙コップをテーブルに置いたまま、ハナがつぶやいた。



リコもハナの気持ちを考えると何も言えなかった。



「リコから聞かされていた事を考えると、慎也さんがあんなことする人に思えなくて…」

紙コップを持つハナの手が微かに震えていた。



「私も、信じらんない」

リコは持っていた紙コップを少し握りしめた。



「何で慎也さん、あんなになっちゃったんだろう……」


リコは慎也から何も聞かされて貰えなかった。


あれ以来、話を聞きたくても携帯の電源は入っていないようで、電話もメールも全く出来なくなってしまった。



「おい、お前ら何やってるんだ?朝礼始まるぞ」

同僚の声に促され、リコとハナは慌ててオフィスに戻った。





いつもより少し早い時間に朝礼が始まった。

「今日は10時から講堂で臨時集会が行われることになった。ニュースの報道等で知ってる人も多いと思うが、うちとも関連がある尾藤建設の新しい社長が急遽就任挨拶に来ることになった」

課長からの言葉にリコとハナは唖然と顔を見合わせた。





「へぇ、尾藤建設ってうちともつながりあったんだな」

「25で社長なんて大丈夫なのかね?」

「息子ってだけでろくに経験もないらしいじやん。あり得ねえよな!」

社内の講堂に全社員があつめられ、皆無責任に慎也の話題を口にした。

「テレビで見たけどさ、社長超イケメンじゃない?」「そうそう!俳優のあの人に似てる感じ!」

「あたし玉の輿狙おうかな?」

「ちょっとそこ静かにしてくれる?」

心ない噂話をする後輩の女子社員に向かって、ハナはキツい口調で一喝した。


後輩社員は鬱陶しそうにハナを見つめた。



慎也の本来の姿を知っているのは社内では、リコとハナだけだった。




社員全員が集まったところで、まず常務から簡単な紹介の話があった。


一通り終わり、常務に紹介された慎也が壇上に上がった。



「本日は急に来社に心より迎えて下さり感謝いたします…」

顔かたちも、声も、リコが知る慎也そのものだった。



だが反面、リコには見ず知らずの赤の他人にも見えた。


それは髪の毛を整え、やややつれた顔に眼鏡をかけ、スーツを着込んでいるからだけではなかった。


「現在日本の建設業界は不況の状態から立ち直ることが出来ず、苦しい運営が続いているのが現状であります…」


「慎也さん、らしくないね……」

「……」

ハナの呟きにリコは無言で前を見つめたままだった。


慎也が建設業界での仕事なんて今まで聞いたことがなかった。



だが、壇上での慎也のスピーチは、全く未経験とは思えないほどスムーズによどみなく出来ていた。



傍から見れば、とても未経験には思えない。


「あの若さで大したもんだな」

「ああ、確かに」

慎也よりも年上の30代の先輩社員達が、慎也のスピーチに感心していた。



だが、その妙な流暢さが、むしろリコを苛立たせた。


卓越したスピーチではあるが、本来の慎也らしさがまるっきりなくなっていた。

(私の知ってる尾藤くんじゃない……)

リコは震える唇を噛みしめた。



「――貴社におかれましては、今後ともよろしくお引き立ていただきますよう改めてお願いいたします。本日はお忙しい中お集まり下さり、誠にありがとうございました」

慎也が締めくくって、深々とお辞儀をすると割れんばかりの拍手が場内から起こった。



慎也はその拍手に送られながら、壇上を後にした。



その時、急にリコが席から飛び出して行った。

「本城さん!!」

同僚と上司がリコを呼び止めようとした。

「リコ!!」

ハナもリコの後を追った。



拍手が鳴りやまない中、リコはつっ走って、護衛に囲まれる慎也の元へ駆け寄った。


「尾藤くん!!」

「何だね君は!」

護衛はリコを制しようとする。

慎也がリコの声に反応してゆっくり振り向いた。

「いいから」

慎也はそう言うと、護衛にガードを外すよう指示した。



「あたし、何も聞いてない!何で黙って居なくなったりしたの?」

「君、言葉を慎みたまえ!」

護衛の言葉を無視してリコは叫んだ。

「近藤くんだってみんな心配しているんだよ!何で相談してくれなかったの!?」


リコの行動に会場全体は騒然となった。


慎也は護衛の制する手をゆっくり押し退けリコに向き直った。



「俺には、お前を幸せにする資格がない……」

慎也の目はリコを見つめながら、死んだように虚ろだった。

「俺のことは、忘れて欲しい……」


「それが、慎也の望みなの?」

リコの問いに慎也は虚ろに見つめたまま、答えなかった。


「ねえ、答えて!」

詰め寄るリコに護衛が先ほどよりも強く制した。



「社長はお忙しいので、お引き取りください!」

「尾藤くん!」

「君、退きなさい!!」

慎也はリコに背中を向けて、護衛に促されながら、会場を出て行った。


「尾藤くん!」

出て行く背中を見つめながら、リコは涙を流しながら尚も慎也の名前を呼んだ。





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