55.喪失 その2
まだ営業再開出来ないのでバイク屋のバイトも早く終わった。その直後、リコの携帯が鳴った。
着信ディスプレイには一樹の名前が表示されていた。
『リコちゃん?僕だけど、今後のことで大事な話があるから、来てくれない?』
「私も、大事な話があるの」
リコは一樹に別れを告げるつもりでいた。
そう言うと、一樹は車でリコのマンションまで迎えに来てくれた。
横浜みなとみらい地区にある洒落たレストランに一樹は連れて行ってくれた。
フレンチのフルコースの店で、チャージ料金やサービス料金もかかるような高級店だった。
一通り注文が終わると、リコは切り出すタイミングを伺っていた。
「あの…」
リコが切り出そうとすると、一樹が制した。
「まずは、僕から話させて」
そう言うと、一樹はリコに小さな包装紙に包まれた箱を差し出した。
「それ、開けて見て」
リコの顔を真っ直ぐ見つめる一樹に、リコは恐る恐る包みを開けた。
中から、中央に大きなダイヤモンドが輝くリングが現れた。
「これ…?」
驚いて見つめるリコの様子に、一樹は冷静に言った。
「エンゲージリングだよ」「…」
リコは耳を疑った。
「リコと僕の永遠の愛の記しだよ」
一樹は優しく微笑んだ。
当のリコは、もちろん「ありがとう」とは言えなかった。
リコは目の前の出来事が信じられなかった。
「あたし…」
リコは一樹に何て言えば良いか迷っていた。
しかし、そんなリコの気持ちを見透かすように、一樹は言った。
「尾藤では、君は幸せにはなれないよ」
一樹はややリコを憐れむような目付きで言った。
一樹から慎也の名前を聞かされ、リコは驚いた。
「なんで、尾藤くんのことを…!?」
「君たち二人がそれなりの関係だったことは、実は僕も知っていたんだ」
一樹が慎也と自分との関係を既に知っていたことに、リコはショックを隠せなかった。
「そんな…」
覗き見していたんですか、とまで強く言えないリコは、そのまま押し黙ってしまった。
「だけどね、リコちゃん。はっきり言うけど、ヤツと君には未来はないよ?」
「何でそんなこと、分かるんですか?」
リコはショックと悔しさを滲ませながら、一樹に尋ねた。
「ヤツは暴走族上がりで、暴力団ともつながりのある奴なんだ…」
一樹は悲しそうな目付きでリコに言った。
「リコちゃんは、尾藤といたら、いつそんなことに巻き込まれるか分からないんだよ」
リコは膝で細い手でこぶしを作り、握りしめた。
「尾藤くんは、そんな人じゃないと思う…」
握りしめたこぶしが震えた。
「それは、幻想に過ぎないよ…」
一樹は冷静に、静かに答えた。
「もし、大切に思うなら、何で君を捨てて、会社の後を継いだりするんだい?」一樹の問いに、リコは答えることが出来なかった。
「尾藤くんが、私を捨てた…?」
俯いて、唇を震わせながら、リコが言った。
「尾藤くんがそんなことするわけない!」
リコはテーブルを叩きつけ、周りの客が従業員が振り返るのも気にせず、店を出て行ってしまった。
「お客様!」
店員の呼び止めにもリコは振り返らず、店を後にした。
リコの眼からは涙が止まらなかった。
『ヤツと君には未来はないよ?』
『もし、大切に思うなら、何で君を捨てて、会社の後を継いだりするんだい?』一樹の言葉が、冷たくなり始めた夜の空気と共にリコ心と身体に刺さった。




