51.暗転 その7
だが、肝心要の慎也の居場所が、リコにも近藤にも分からなかった。
「アイツ何処行ったんだろう?ケガしてるっていうのに…
「そうね…」
その慎也は、一樹から呼び出されていた。
場所は人気のない京浜急行のガード下だった。
一樹は慎也の番号を得意のデータ搾取の方法で入手していた。
一樹は余裕の表情で腕を組み、身体を横に向けていた。
「相変わらずやることがセコいな」
慎也が一樹に言った。
「まあ、てめえが勝手に番号調べるなんてのは、予想通りって気もするけどな…」
そう言いながら、慎也は天を仰いだ。
「で、また『リコから手を引け』って強請りをかけに来たってわけ?」
慎也は一樹を試すように言った。
「君は暴力団に追われてリコちゃんを幸せに出来る自信があるの?」
その言葉に、慎也は言葉を詰まらせた。
「だから、選ぶのはリコだって言ったろ」
慎也はやや強い調子で言った。
「ふうーん…。ということは確証が持てないってことなんだ?」
一樹はわざと意地悪そうに言った。
「…」
慎也はこんなところで反論出来ない自分が情けないと思った。
「でも、俺はリコを愛している…」
慎也はやっとの思いで言った。
一樹は可笑しくてクスクス笑った。
「安っぽい人情物語だね」一樹の言葉に慎也は鋭く睨み付けた。
「てめえにリコの何が分かるんだよ!」
声を荒げた途端、まだ癒えていない背中の傷口がズキッと痛んだ。
「…っ!」
たまらず唇を噛みしめ、痛みの余りにその場にうずくまった。
「興和会にやられたのが大分効いてるみたいだね…それにしても、キミの苦痛に歪む顔ってたまんないね…」
一樹は慎也の様子を愉しむかのように言った。
「僕は君のお父さんから、興和会を通じてあるシステムの開発を頼まれてさ」
うずくまる慎也を余所に、一樹は話を続けた。
慎也は痛みをこらえ、肩で息をしながら一樹を睨む。
「今回僕のプロジェクトには尾藤建設の社運がかかっているからね」
「俺には関係ない話だ」
涼しい顔の一樹に慎也は傷の疼きに顔をしかめながら言った。
「僕のシステムを使えばゼネコン同業他社の社内極秘データベースの取得だって可能だからね」
「!?」
慎也は驚いて一樹を見た。
「それって、犯罪じゃねえのか?」
慎也の責め口調にも一樹は余裕の表情を崩さなかった。
「君に話したのは、君がもうすぐ僕たちの仲間になるからだよ」
ガードの上を電車が走る音がした。
慎也は呆れたように吹き出した。
「何言ってんだ?俺がお前らの仲間になるわけねえだろ」
そんな慎也に一樹は不敵な微笑みを浮かべた。
「尾藤慎也、ゼネコン尾藤建設社長尾藤真一郎の令息」
「…」
それがどうしたという顔で、慎也は一樹から目を反らした。
「君は、中学の時に父親からレイプされてたんだよね?」
「……っ!?」
その時、轟音を立てて快速電車がガード上を通過して行った。
慎也は目の前が真っ暗になった。
「なぜ…それを…?」
誰も知らない筈の性的虐待のことを何故コイツが知ってるのか?
一樹は尚も余裕の笑みを浮かべて続けた。
「君の精神科通院の電子カルテを入手出来たんでね…」
慎也はショックの余りに言葉を失ってしまった。
心の奥底の、僅かにつながりとどまっていたひびの入った部分が、パリンと音を立てて割れたような衝撃が慎也の心を襲った。
「さすがの僕も最初は驚いたさ。…この話ってもちろんリコにはしてないよね?」
「……」
慎也にはもはや答える気力が残っていなかった。
「というより、出来る訳ないよね?」
慎也の動揺を愉しむかのように、一樹は言った。
「この事実を掴んだ以上、僕からリコに直接言うことは幾らでも可能だからね。言ってあげようか?」
「よせ!それだけはやめてくれ!!」
慎也は絶叫に近い叫び声を上げ一樹に懇願した。
再び列車の轟音が上から響いてきた。
一樹は勝ち誇った顔をした。
「君は、暴力団からも追われている身…。そのせいで仕事も失った…。全ては自分の身から出た錆だよね?そんな君が、彼女…リコを幸せになんか出来ると思う?」
一樹はやや憐れむように言った。
再び列車が轟音を響かせて、上を通過して行った。
慎也はうなだれ、もはや反論の気力もなくしてしまった。
「彼女の幸せの為にも、身を退いてくれるよね?」
一樹は確認するように、慎也に言った。
慎也はただ、黙って頷くだけだった。
一樹がいなくなった後、慎也は両膝を付き、そのまま四つんばいになって身動き出来なくなってしまった。
慎也の身に起きた出来事を、リコと近藤は知る由もなかった。




