40.至福 その3
高級マンションの一室――
クラシック音楽が静かにかかるだけの物音、それにキーボードを滑らかに打つ音だけが聞こえる。
部屋には余計な装飾はなく、シンプルだが、何処か気品が感じられる。
薄暗い部屋で、部屋の主は、白くて細く長い指で器用にキーボードを操作する。
ディスプレイにはリストが羅列されている。
「『尾藤慎也』の検索結果」――
検索エンジンではない。
主が個人的に独自の情報入手ソフトを通じ、手に入れた個人情報だった。
慎也の情報を丹念に、部屋の主は調べた。
「生年月日:199X年11月10日、血液型:A型、身長:176センチ、体重:64kg、住所:横浜市南区M町――」
会社の健康診断の時の個人データらしい。
そのディスプレイを見つめる主の目がとあるところで止まり、妖しげに光った。
そこへ、スマートフォンの着信音が鳴った。
着信の主は、仙崎だった。――
多機能タイプの、主の性格を映したような携帯を手に取った。
『例の奴は本当に上手く行くのか?』
仙崎がやや脅すような口調で切り出した。
「君の心配には及ばないよ。来週中には社内でのセットアップが出来るからもうすぐだよ」
『驚いたな。そんなに早く出来るのか。まさかウィルスソフトの更新ダウンロードに取りついて、あっさり個人データをごっそり盗めるなんてな』
「しかも韓国のサーバー経由での遠隔操作だから、誰にも社内からだって分からないしね」
『IT社長とは言うが、とんでもない天才、というか、悪党だな、お前は』
「僕はこの歳で伊達に社長はやってないよ」
そう自信ありげに、細いフレームの眼鏡の奥の目を、彼は細めた。
白くて整った容姿は育ちの良さがうかがえる。
白いポロシャツにベージュのベストを着た外見は、
まだまだ高校生に見られてもおかしくないくらいであった。
そう、部屋の主とは沢田一樹。
「それより面白いものを見つけたよ」
『何がだ?』
「尾藤の経歴さ。恐らく昔から奴を知ってる君でも知らないことだよ」
『経歴?』あまり聞きたくなさそうに仙崎は返答した。
「これをチラすかせれば、ヤツを簡単にこっちの思うがままに出来る」
仙崎はその内容を一樹から聞かされた。
「ほう……確かにそれは初耳だな……」
仙崎の口の端が妖しく歪んだ。
「てめえは、本当に悪魔だな……」




