35.ためらい その6
リコにしてみれば、まさか慎也の口から一樹の名前が出るなんて思っても見なかった。
今は慎也に対する不満よりも、そのことの方が気になって仕方なかった。
だが、やはり他の男の名前が出たのなら、少しくらい妬いてくれてもいいのにと、思わなくはなかった。
「尾藤くん」
「ん?」
「あの時のキスは、冗談だったの?」
リコは周囲に誰もいないのを確認して、思い切って尋ねてみた。
慎也は驚いたようにリコを見つめた。
「尾藤ちゃん、納品来たから対応して」
奥から店長が慎也を呼ぶ声がした。
結局、それ以来、リコは慎也にキスの本当の気持ちを聞けずに終わってしまった。
尾藤くんは自分のことはどうでも良かったのではないか。
リコの中で、まだ慎也のことが信用仕切れないでいた。
慎也も慎也で、何となく後味が悪いままで終わってしまった感じがしていた。
そうは思いつつも、何か打つ手は何もない。
慎也はとりあえず、アパートに戻ると、いつものように、コンビニで買って来た弁当と缶ビールで遅い夕食にした。
時間や余裕がある時は、これでも自炊を少しはやるのだが。
そういえば、今晩は確かテレビ神奈川で真岡サーキットのモトGPの放送があるのを思い出した。
急いで20インチのワイドテレビをつけると、映し出されたのは横浜港の見える丘公園のローズガーデンだった。
あれ?と思って見ると、テロップが出た。
『本日放送予定のモトGP真岡は、都合により放送延期となりました。』
テロップに慎也は、「なんだよー」とガックリ首をうなだれた。
ささやか楽しみが消えて、失望のうちにチャンネルを変えようと、缶ビールを片手にリモコンをとった。
その手がふと止まった。
画面に映し出されるローズガーデンは自分の世界とは無縁の世界。
しかし、その世界にふと、リコの姿が重なった。
柄にも無く、慎也はバラ園の映像に見入っていた。




