22.幸福 その4
せっかく湘南まで来たので、リコは慎也と海を見に行った。
シーサイドの広い歩道にバイクを乗り上げて、二人は夕暮れ時の海を見つめた。
横浜では見られない、自然の風景に二人はしばし、時を忘れた。
慎也はカッコ付けてるのか、黒っぽいサングラスをかけた。
「気持ちいいね」
リコが言うと慎也は静かにうなずいた。
「何かこうしていると、時間忘れそうだな」
二人こうして並ぶ姿は、はたから見れば、恋人同士に見えるかもしれないな、なんてリコは思った。
慎也は海を見つめるリコを時々サングラスの奥から横目でチラッと見つめた。
でもそれ以上は、特に何も進展はなかった。
日はすっかり沈み、横浜に戻った頃には、外は夜の闇が街を包んだ。
リコは満足だった。
こうして慎也と二人切りの時間が持てたのだから。
そして彼の意外な一面も見れたことも。
日曜日が終われば、彼とはしばらく会えない日々が続く。
慎也はリコを自宅のマンションまで送ってくれた。
「またしばらく会えないけど」
「うん」
「あの」
行こうとする慎也をリコは引き止めた。
慎也は「何?」と優しく尋ねた。
薄暗い空間に慎也の顔が美しく映る。
「ありがとう、気を付けてね」
リコはいろいろ想いを込めて、礼を言った。
付き合ってくれたことはもちろんだが、それ以上に、慎也と二人切りの時間が持てたことを。
十分すぎる幸せ…。
リコは無意識に慎也を見つめていた。
バイクのエンジンをかけて、慎也は行こうとする。
ヘルメットを着けようとしかけた手が、突然止まった。
何だろう、とリコが一瞬不思議に思っていると、ヘルメットをオイルタンクに置き、バイクにまたがったままリコに振り返った。
そして、リコの顎を優しく引き寄せ、軽くキスをした。
リコは驚いて、慎也を見つめた。
慎也もやや恥ずかしそうにリコをみた。
「愛してる…」
慎也は小さな声で低くつぶやいた。
リコの大きな目が更に大きく開いた。
「じゃあな」
そう言うと、リコの返答を待たずに、慎也はヘルメットをおもむろにかぶり、バイクを走らせて去って言った。
沢田にもまだ許したことのない、慎也との初めてのキスだった。




