106.受難その10
包帯に傷だらけの姿で眠る慎也の姿を、リコはじっと見つめていた。
「リコ、そういえば、慎也さんのズボンのポケットからこんな紙切れが出てきたって……」
リコはハナからクシャクシャになった白い紙切れを受け取った。
それは、慎也の心を引き寄せた、聖書の一句がかかれたコピーだった。
『彼は軽蔑され、人々に見捨てられ多くの痛みを負い、病を知っている。
彼が担ったのはわたしたちの病、
彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに
彼が刺し貫かれたのはわたしたちの背きのためであり
彼が打ち砕かれたのは
わたしたちの咎のためであった。
彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。
苦役を課せられて、かがみ込み
彼は口を開かなかった。
捕らえられ、裁きを受けて、彼は命を取られた。』
リコはじっと、慎也が大事に持っていた紙切れを見つめていた。
――彼は何故、自分をここまで傷め付けなければならなかったのか――。
慎也は過去の洗い浚いを、全て自分に話してくれた。
父親から性的暴行を受け、親子間に確執が出来たこと。
その傷を埋めようと不良グループや暴走族、愚連隊で幅をきかせようとしていたこと。
だが慎也は、所詮悪に染まり切れない自分に気が付いた。
相棒の仙崎との確執をきっかけに、まっとうな道を選んだが、それでも心のどこかに過去へのわだかまりを拭えずにいた。
イケメンとも言える美しい容姿の裏には、暗く辛い過去を抱えていた……。
軽い気持ちで慎也と関わったリコであったが、彼がそんな重い十字架を背負っていることは、知る由もなかった。
なのに、慎也はこんな自分を誰よりも愛してくれた。
自分の、取るに足りないようなわだかまりも、彼は快く受け入れてくれた。
そして、それ故に、彼は自分自身を傷つける道を選んでしまった。
愛というには余りにも重過ぎる十字架――。
リコの目から涙がこぼれ落ちた。
「私の、所為だ……」
「リコ…?」
ハナが不思議そうにリコの顔を覗き込んだ。
「慎也が、自分を傷め付けたのは私の所為だ……。私が、慎也をこんな目に遭わせた…。私を助けようとして、慎也は死にそうになって……」
「それは違うよリコちゃん!」
嗚咽を始めたリコに近藤が思わず叫んだ。
「リコちゃんは、ホントにシンにはなくちゃならない存在だったんだよ!シンはホントにリコちゃんが大好きで、やっとアイツが幸せになれる道を見つけたんだ!シンだって、そんなに自分を責めるリコちゃん見て喜ぶはずないだろ!?」
「でも……!」
「コンの言う通りだよ…」
リコと近藤のやり取りに力の弱い声が口を挟んだ。
「!?」
驚いて全員が声の主の方を見た。
「シン!?」
慎也が弱々しく目を開け、天井を見つめていた。
「目が覚めたの?」
「存在だったとか、俺が悲しむとか、まるで死んだみたいな言い草だよな……」
弱いながらも、慎也は皮肉混じりに言った。
リコは涙目で慎也を見つめた。
「リコ……」
「?」
「自分を責めるのはやめろ……」
「でも……」
「俺は……なんだかスッキリした……」
「……?」
「こんなボロボロになって、死にかけたのに、何かすごい気持ちが晴れた気がする」
天井を見つめる慎也の目は、確かに何の惑いも憂いもない、澄んだ目をしていた。
リコはそんな慎也の顔を不思議そうに眺めていた。




