100.受難 その4
慎也は十字架のキリスト像が見たいと言い出し、式場となる教会の礼拝堂に二人で入った。
十字架に付けられたキリストは深い悲しみの中に慈愛の表情で見下ろしていた。
「少しだけ聞いたことあるけど、十字架は当時の最高刑罰で、キリストは何も悪くなかったのに十字架刑になったって聞いたけど」
キリスト像を見上げる慎也の傍らでリコが言った。
「罪の犠牲の象徴なのに、何か不思議と安心出来るんだよな…」
「慎也……」
確かに、キリスト像を見上げる慎也の表情は不思議なほど穏やかだった。
「何だろうな、この感覚って…自分の大切な誰かの為に命を投げ出すのは、俺自身の本当の望みかも知れない……」
「え…?」
「何か…そんな気がする…」
そう語る慎也の目は一点の曇りもなく澄んでいるように見えた。
綺麗な目と横顔……。
その美しいとも言える慎也の表情に見惚れながらも、同時にリコは何故だか大きな不安に包まれた。
先日仙崎に切られて帰って来た時にと同じような感覚がリコを襲った。
「慎也……」
「ん?」
「何処にも行かないで…」慎也は穏やかな表情でリコに向き直った。
そして優しくリコの背中を抱き締めた。
「俺は、何処にも行かないよ…。ずっと、お前の傍にいたいから…」
リコはキリスト像を見上げながら、心の中で1人祈った。
(神様、どうか愛する彼に災いが降り掛からないように…)
どうかこの悪い予感が思い過ごしであって欲しい。
そう願わずには居られなかった。




