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Transmigration―死んだ俺はお貴族サマ―  作者: 焔場秀
第一章~シャスティルの成長過程~
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第四話 「親バカな~」(七歳)

 《偉大なる師フェンダルに捧ぐ。魔道学の基礎と歴史を学ぶための教本》


 ―――まず、世間一般的に理解される魔術の概念として、魔道士が印と呪文詠唱を媒介とし、発動せんとする方法がある。魔術構成物質マテリアルである魔力の素“ヴェラ”を材料に魔力術式を組み立てるというものだが、それは大きな間違いである。

 そもそも、ヴェラは魔術の材料ではない。半永久循環無機質。魔力は消費するものではなく、ほぼ永久的に保たれるものである。

 よってヴェラを主食とする魔獣は害悪として討伐の対象になり、魔力を根本的なエネルギー源として利用する死霊使いなどの黒魔道士は世界から疎まれがちだ。

 ヴェラの大量消費による自然界の悪変は記録として確認されていないが、魔道学の祖エリュマン博士の古記曰く、属性変化を伴う魔力は自然と同調しやすい変換型物質であり、それを短時間で大量に失う事態は環境の変化になんらかの悪影響を及ぼすものだとしている。

 例えば、火属性魔力が集まりやすい火山火口周辺に水属性の魔力を収束させると――



 目を通せたのはそこまでが限界だった。

 一ページも進まぬうちに思考に拒絶反応が出てきた俺は、厚さ七cmはある分厚い本をそっと閉じる。

 著者の前書き読んだだけでこの専門用語の数。明らかに学ぶ順番を間違えたと俺は悟った。


『こ、これは…また別の機会に読むことにしよう』


 動揺したせいか、思わず日本語で呟き、広辞苑みたいな教本もとい専門書を机の脇に押しやる。


『さて、次の本は……』


 気を取り直して、テーブルに積み上げられた本の山に目をやる。

 今の俺に役立ちそうだと思い、とりあえずタイトルだけ見て選び出した書物だ。数こそ膨大なれど、この調子だと知識として活用できそうなものはあまり多くなさそうである。 


『はぁ……気長に読んでいきますか…』


 小さくため息を吐き、渋々山積みになった本に手を伸ばす。


 言葉の障害という不利を克服しておよそ四年。

 七歳になった俺は、相も変わらず自分の家でぼちぼち勉学に励んでいた。

 自分の家といっても、使用人や衛兵たちも同居する馬鹿でかい屋敷なので、自宅という感覚はあまりない。例えるなら、高級ホテルのロイヤルスイートルームを借りて住んでるようなものだろうか。ひもじい前世を経験した園宮悠太そのみやゆうたの視点から言わせてもらうと、今の生活は恐れ多いという意味で窮屈に感じる。


 もっとも“慣れ”とは怖いもので、現在いまでは専属の侍女を後ろに従えることも然程抵抗は感じなくなってしまったが……。


「エリィ、一番下にある本を取ってくれませんか?」

「畏まりました。お嬢様」

 

 もはや日常言語となりつつあるガーナ語を用い、シャスティルの侍女兼お世話係りのエリィに本を取るよう指示する。ちなみにガーナ語というのはこの国――ガーナ大陸で一般的に使われる共通語のことだ。

 知らない言葉に囲まれて過ごしているうちに、気付けばこの世界の言語にも精通するようになったのである。もっとも、“魔術”のように難しい専門用語など知らない言葉はたくさんあるが……。


「はい、どうぞ。お嬢様」

 

 七歳の少女一人の力では到底持ち上げられない本の束を軽々と抱えたエリィは、その下から青い表紙の本を取り出して俺に差し出した。

   

「ありがとう、エリィ」


 礼を述べて本を受け取り、早速ページを開く。

 タイトル名は『大陸繁栄、始動の軌跡』。まず俺の目に飛び込んできたのは、二頁丸々使って描かれた世界地図だった。


 

 魔法のような不思議な力が当たり前のように存在する世界。それが俺、園宮悠太が転生した世界の突飛した特徴である。

 大きな城壁に取り囲まれた街。エルフやドワーフなどの亜種人類の存在。一歩街の外に出ると、人の手が加えられていない大自然が広がり、“魔獣”と呼ばれる凶暴なモンスターが大地を闊歩している。

 そして忘れてはならないのは“魔術”と呼ばれる特殊な能力。これは実際に俺も拝見したのだが、その不可思議な現象に我ながら胸を躍らせてしまった。

 どうやらこの世界の代表的な技術として極普通に利用されているらしく、魔道具と名前を変えて人々の生活の糧にもなっているらしい。

 例えば、屋敷の厨房にある火起こしコンロや地下水道から水を汲み上げて利用される水道の蛇口、街灯のランプ等など。

 身近で便利な技術として人々の生活に馴染む魔術というのは、俺のいた世界でいうところの科学技術に似ている。魔力を電気やガスに例えるなら、それを媒体とする魔道具は機械だろうか。

 

 俺はさらにページを捲った。

 次に描かれていたのは、全体的にひし形に似た陸図の絵。中央に『ガーナ』と書かれているので、恐らくガーナ大陸の縮図なのだろう。

 

 俺はその大陸図の中に書かれた小さな文字を指で追いながら、自分の住んでいる国がある場所を探した。アークランド王国……アークランド……あった。中央部から西に少し下ったところに発見。

 けれどこの地図はどうも勢力版図ではないようで、正確なアークランド王国の国土の大きさがわからないな。図書室で軍事関連の書物を漁れば見つかるだろうけど、あの過保護な母様が黙って読ませてくれるとは思わないし。

父様にお願いするか? いや待て早計だ……どっちにしろ同じ結末がまってる気がしてならない。本格的な地理の“お勉強”はまだまだ先になりそうだ。


『はぁ……幼いって不便だなぁ…』 


 哀愁漂う感じで肘を立ててみる。

 ため息と共に吐き出された俺のぼやきは、少女特有の高いソプラノボイスの前に阻まれてシリアスな雰囲気を招くことはなかった。

 それどころか――


「シャスティルお嬢様。机に肘をお立てになるのはお行儀が悪いですよ」

「…………」


 エリィに作法を注意され、渋々腕を下ろす。

 貴族とはなかなかに礼儀にうるさいもので、少しでも品に欠ける行為や言動でこうやって注意される。 俺の前世の母親も行儀にはくどい方だったけど、ここまでしつこくはなかった。これでも俺の家――ルーデニアハイル家はまだまだ甘い方であるらしく、軍門貴族の家では手が出たり叱責が飛んだりと、それはもう子供の頃からスパルタな教育を受けさせられるようだ。幸い父様は大らかで優しい人なのでそんなことはないが……というか、俺に暴力を振るうようなら母様の鉄槌が下るというか、とにかく今まで怒られたことはない。


 もっとも、生まれたその瞬間から身の程を弁えているものだから、俺自身親のご機嫌を損ねなかったってのもあるのだが……。

 お陰で四歳になる頃には“神童”などと周りからもてはやされて大変だった。いくら幼い子供を演じていても、精神が大人であるとやはりどうしても行動にボロが出てしまうわけで……俺の場合知識を付けすぎた所為で“賢い子供”と認識されたんだと思う。それ以外に心当たりがない。


 その影響か。最近何だかこの屋敷の住人に避けられているような気がする。

 いや、嫌悪されているとかじゃなくて、敬遠されてるって言うのかな……とにかく、進んで俺に話しかけようとする人は少なくなった。

 まあ俺も他人と会話するのは消極的な方だから、気持ち的に楽だと言えば楽なので不満はない。

 だからこそ、突然俺の元にやってきた父様が、とある“交流”の話を持ちかけてきた時は少なからず焦りを抱いた。


「貴族の交流会パーティ、ですか?」  


 机に広げていた本をエリィと一緒に片付けていた俺は、父の唐突な提案に思わず聞き返していた。


「うむ。来週の今日、ライーゼン公爵家にてパーティを開くことになってな。昨日我がルーデニアハイル家にもその招待状が届いたのだ」


 部屋の隅に置いてあった丸椅子を取ってきてそこに腰掛けた父様は、俺と目線を合わせてから口を開いた。


「これを機に地方貴族同士で親睦を深め合い、一層アークランド王国の結束を強めようということらしい。なかなか真摯な交流会なので私も参加しようと思うのだが……どうだろう? シャスティルも一緒に来ないか?」


 交流会……。親睦会?

 ライーゼン公爵家といえば、このルーデニアハイル家に並んで王家と血縁関係にある有名な地方貴族のことだ。王国直轄領に隣接して広大な領土を所有し、軍事、経済ともにアークランドに必要不可欠な有力貴族として知られている。

 現在は確か、ヴァルフスという男が領主をしているはずだったな。私兵の大幅増強が問題視されて、王国審問会に王都召喚を命じられたと最近噂になっていたけれど……。

 まさか、そんな胡散臭い領主様が開催するパーティに参加するって?


「このこと、母様は知っておられるのですか?」

「う、うむ。あ…いや」


 俺が聞くと、父様は歯切れ悪そうに言葉を濁した。


「も、もちろん、母さんにはちゃんと後で話すさ。それよりも、先にシャスティルの返答を聞きたくてだな」     

「…………」


 ああ、なるほど。察した。

 つまり、俺の返答次第で母様に話すか否か決めるってことだな。

 あの母様のこと、他の家のパーティに娘を連れて行くなんてなかなかに首を縦に振ってはくれまい。先に俺を上手いこと説得して参加の旨を承諾させ味方につければ、母様だって仕方なく賛成してくれると踏んだのだろう。


 だが甘いな、父よ。

 確かに外の世界とやらを見てみたい好奇心はあるが、偉いさん方の集まる息苦しい行事に出るとなれば話は別だ。俺もそんな口車に乗せられるほど無駄に年を食っちゃいない。

 

「父様のお誘いはとても嬉しいけど、私は行きたくありません。ごめんなさい」


 そうズバッと言い切った時の父様の顔を見たら……後悔こそ抱かずこそすれ、軽い罪悪感を感じてしまった。

 あんな泣きそうな顔しなくてもいいのに。大貴族の公爵様とあろう人が、たかが七歳の小娘の言動にああも容易く傷つくなんて……なんか調子狂うなぁ。


 肩を落として部屋を出て行く父の小さな背中を見届けた俺は、部屋の端で肩を震わす侍女に視線を向けた。

 俺と父様の会話の一部始終を見て、何やらツボに入ったらしい。口に手を当て忍び笑いをするエリィに半眼をくれてやった俺は、手に持ったままだった教科書を本棚へ運び入れてため息を吐いた。

 生真面目そうな女性に見えて、案外腹黒いのだから手に負えない。



「ねえシャスティ。本当に、パーティに参加してみる気はないの?」


 その日の晩。

 暖炉付きの広い居間でいつも通り夕食を摂っていた時のことである。食事の手を止めた母様が、不意に“交流会”の話をして俺を大いに驚かせた。

 どれくらい驚いたかというと、フォークに突き刺したフィレ肉のステーキを口を開けたまま受け皿に落としてしまった程に。   


 意外だった。その言動ではまるで、俺にパーティに参加しなくていいのかと、改めて問い掛けているようではないか。 

 俺は呆然としたまま視線を母様の隣…長テーブルの一番奥に座る父様に向けた。

 嬉しい誤算だとばかりに、父は喜びと驚愕をない交ぜにしたような表情を浮かべてこちらを見ている。母がパーティのことを知っているということは、すでに父様は母様に詳細を語ったということだ。要するに母様は、それを理解した上で……つまり――


「優しいシャスティル。母様に気を遣わなくてもいいのよ? あなたが望むのなら、パーティに行っても構わないのだから」

 

 予感的中。これは驚いた。

 まさかあの母様が、俺の遠出を肯定するような発言をするなんて。

 待ってくれ。一体どんな急激な心変わりだ? 天変地異だぜこりゃ。明日は空からフィレ肉が降ってくるんじゃないだろうか。


 ……落ち着け俺。

「あの…どうして? 私……」

 

 動揺する心を何とか沈め、母様に問う。

 

「あら? だってずっとお外に出たがっていたじゃない。この機会に、お屋敷の外の風景も知っておくのも良いお勉強になるかもしれないわ」


 嘘だ。それは本心じゃないだろう。

 俺が黙っていると、優しい表情をした母様の目がふと悲しそうに細められ――


「――ごめんなさいね。母様は、シャスティの母親失格だわ……」


 ――そう、謝罪の言葉を口にした。

 

 何故? 訳がわからず、俺は口を噤む。


「もう七歳になるのに、図書室でお勉強ばかりでは退屈でしょう? お外でいっぱい遊んで、お友達も……たくさん作りたいよね。それなのに母様はあなたをお屋敷に閉じ込めてしまって……本当にごめんなさい」

「…………」


 それは、母様が俺に健やかに育ってほしいと願ったから。確かに過保護過ぎるところは不便に感じる時もあったけど、それが不満だったと言えば全然そんなことはない。むしろ、今の生活の方が俺に合っていて結構しっくりくるんだけどなぁ。七歳児の言う台詞じゃないだろうけど…。


 母様は顔を俯かせた。その拍子に長い銀髪が顔を覆う。


「パーティに参加すれば、新しい発見があると思うの。シャスティが知らないことも、これから知りたいことも、きっと見つかるはずだわ。同じ年頃のお友達だって出来るかもしれない。ずっと一人ぼっちなんて、悲しすぎるから……」

「マーヴェラ……」


 席を立った父様が、母様に近づいてその肩を抱いた。

 母様は泣いてこそいなかったが、その頭を力なく父様の胸に預けている。


「シャスティル。一度でいいから、父さんとパーティに行ってみないか? お前が望むのであれば、母さんと一緒に行くのも構わないぞ。もし合わないようなら、お前だけでも帰れるように取り計らうこともできる。強制はしない。どうだ?」


 どうだ?とか言われても、こんなの断われるわけないでしょう。お父様。

 俺はため息を吐いた。両親の強情な愛に屈した、と言えば悲哀に聞こえるかな。ここで拒めば、母様が本当に泣いてしまうかもしれない。それだけは絶対に嫌だ。

 既に前世の母を死別という親不孝で悲しませている身だ。これ以上、肉親を苦しめるような事はしたくない。

 

「わかりました。私、やっぱりパーティに行きます…」


 親に気を遣う子供だなんて……これも、転生してしまった人の定めか。


「お、おお! そうか! 行ってくれるか!」

「嗚呼、ありがとうシャスティル!」

「奥様。そうと決まれば早速、ドレスの仕立てを」

「え、ええ。そうね。シャスティルの初めての披露宴なんだもの。うんっと着飾らなくちゃ…!」


 な、なんだこのテンションの差は。ていうか、何気に侍女長のケレンさんも混じってるし。

 

『親バカここに極めまれり…』

「うん? 何か言ったかシャスティル」

「いいえ、別に何も。それよりもお父様、お食事中に立ち歩くのはお行儀が悪いですよ」

「あ、ああ。そうだな。すまん……」


 しゅんとなった父様は、そのままとぼとぼと自分の椅子に戻る。

 しかし騒がしいのは母様とケレンだ。俺のパーティ参加がそんなにも嬉しいのか、俺の忠言も聞こえないようである。


「シャスティルはわたくしと同じ銀髪だから。やっぱり藍色のドレスとかが似合うのかしら。ねえケレン、お化粧はどうしましょう」

「あまりなさらぬ方がよろしいかと。子供らしい素顔の方が、同年代のお子様と接しやすいかもしれませんわ」


 “女子力”とやらの片鱗を見た気がした。俺も大人になったらああなるのだろうか……。


 しかしパーティかぁ。この世界の宴ってどんな感じなんだろう。期待もあるが、やっぱり不安が大きいな。

 まあいいや。こうなったら、精一杯子供らしく振舞ってやろう。


『お米食べたい…』


 フィレ肉ステーキを咀嚼しながら、俺はそんなことを考えて現実逃避していた。

    

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