桜川家の朝
今日も朝の桜川家の食卓は静寂としていた。
この家に住む桜川雛美はキッチンで二人分の朝食と、自分の分のお弁当を用意しており、茶の間のテーブル越しには、雛美の祖父が朝刊を黙読していた。
雛美の祖父は、近所で有名な頑固おじいちゃんと呼ばれる人物で、世間にも名の通った彫刻職人であった。
祖父の手掛ける彫刻作品はとても独特な荒々しさを持っており、その荒々しさからは力強い迫力と威圧感を放ち、見る者や他の芸術家の目を釘づけてしまう作品ばかりである。
そんな作品を手掛ける祖父にも頑固おじいちゃんといわれる身だけあって、その威厳さにはほかの者も頭が上がらなく、また孫娘である雛美は周囲の人達からは、育ちの良い気品あるお孫さんだと思われていた。
雛実は、中学の頃の成績は学年トップの成績保持者で、学業面だけでなく、家事、料理、風格、礼儀作法をこなす等、品行方正、頭脳面積、そして言わず知れる八方美人であった。
靡かせた黒いロングの髪は、異性だけでなく同性も魅了するほどの爽やかな香りを放ち、ふと彼女の目と目を合わせれば、自ずと惹かれてしまうという、美しく大きな瞳を持っている彼女は、本当に高校生とは思えぬほどの大人びた女性であった。
そんな彼女は今日、家から一番近い、町の隅にある高校に入学式を迎えようとしていた。
紺色の新しいセーラー服には、紅色のラインとスカーフ、そして黒のローファーと手提げの鞄を持ち、お弁当を入れたことを確認すると、ゆっくりしている祖父に爽やかな行ってきますを伝えて、春風に包まれている静かな街へと家を出た。
「見てみろよあの子」
「やべぇ、めっちゃかわいい」
「なんかすげー品があるというか」
入学式の体育館の中は、密かに聞こえてくる男子の話題で賑わっていた。
男子の視線は彼女に釘付けにされてしまい、新入生を迎える校長先生の挨拶は男子生徒たちに流されていた。
入学式を終えると、彼女はたちまち学校中の先輩や新しいクラスメイトの男子たちの注目の的となっており、校舎から出た瞬間、男子たちから一斉に食いついてくるかのように話しかけきた。
「ねぇ君の名前教えて!」
「クラスはどこ?」
「通学路はどっち?」
「これからヒマ?」
「すみません、私急いでいますので・・・・」
少し控え間ながらも急ぎめの早歩きで周囲の男子たちをなんとか切り離した。