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White rose - ホワイト・ローズ -

作者: 沙華やや子
掲載日:2026/03/25

妖精の国にも掟がある。

 

 妖精の国に暮らす妖精アテューゼは、ニンフたちの憧れの的。


 腰まで長く風にそよぐ艶やかな銀色の髪。端正な顔立ち。引き締まった身体。彼には羽も翼もない。

 白いふわりとしたシャツの襟ぐりは、茶色のリボンでクロスネック。柔らかな紫色の生地のすそが絞られたパンツといういでたちだ。裸足の左足首には光のアンクレットを嵌めている。


 今日の妖精の国は光が鈍く、生い茂る木々が時々ザワザワとおしゃべりをする。雨が降るかもしれない。

 アテューゼは一度立ち止まり、空を仰いだ。

 立ち止まったアテューゼに声を掛けて来た者が在った。


「アテューゼ様、美味しい野苺を見つけましたの。ストロベリーティーを作りましたわ。うちにいらして」

 風のニンフが誘う。


「いや、すまないが遠慮しておく。私は紅茶を飲まない」


 アテューゼが森を行く。再び歩き出す。


「あら、こんな所で奇遇にもお会いするなんて、あたくし達、運命(さだめ)ですわ。アテューゼ様、川遊びを致しましょうよ」

 水のニンフが零れる笑みで話しかける。


「君が私をつけて来たことを私は知っている」

 穏やかに告げ、彼女を残し去って行くアテューゼ。


 しばらく行くと、そこにいたのは地のニンフ。


「アテューゼ様、ごきげんよう。新しい花を咲かせました。アテューゼ様のご感想をお聴きしたいわ」


「すまない。約束をしているんだ。では」


 アテューゼは目的地を目指し、また歩き始めた。


 30分歩いたアテューゼ。

 耳元にゴーという炎の音がし、約束の相手がアテューゼの真横に現れ、彼を抱きしめた。


「待っていたわ、アテューゼ」


 火のニンフと絡み合い、口づけるアテューゼ。


 パチパチと火の粉が二人を包み込む。

 アテューゼはこの嫉妬深いニンフと相思相愛である。


 ホットな逢瀬がやがてフィナーレを迎えると「ウフフフ」と幸せそうな顔をして、火のニンフは煙のように消えた。



 ――――アテューゼが帰路を辿ろうと、草むらを踏みしめた瞬間だ。


 人間の女性を見つけた。

 リュックサックを背負っている。山で迷ったか?


「ハッ」


 彼女は、神秘的な銀髪・光のアンクレットを見たせいか、アテューゼからすぐに物の怪の気配を感じ取った様子で、逃げようとした。


「待つんだ」


「ひっ」

 振り返る美麗な女性。


 アテューゼは悪戯心を刺激された。この妖精アテューゼ、美しい容姿の中に毒を持つ、好奇心旺盛な無類の遊び好きなのだ。


「魔法を授けてやろう」


「え!」


「君は名を何という」


「エリーゼです」


 エリーゼは亜麻色の真っ直ぐなロングヘアー。両親が外国人同士なのだろうか、瞳は髪の毛の色に反し真っ黒だ。オリエンタルな顔の造りをしている。デニムパンツを履き、黒いロングTシャツを纏っている。足元は登山用の靴だ。


「エリーゼ、どんな魔法が欲しいか」


 アテューゼは言い飽きたセリフをこの度も人間に吐いた。

 返ってくる言葉は分かりきっている。


 ところが、エリーゼはアテューゼの予想を裏切った。


「わたしの寿命を全部、あの人にあげて下さい。寿命を延ばすキノコを探しに来たけど見つからない。あの人の……あの人の命を! 助けて下さい。代償に自分を差し出すなど易い事です」


 アテューゼは戸惑った。

(この人間は[魔法が使えるようになりたい]と答えないのか)


 アテューゼは「魔法を使えるようにしてくれ」という人間達の回答がつまらなく、彼らを殺めては喰っていた。


『涙』というものを初めて目にしたアテューゼ。


 エリーゼはボロボロと涙を零し、うずくまっている。彼女の恋人が恐らく病なのだろう。


 アテューゼは胸が痛いという感覚を知った。彼女の心の泉の純な深淵に衝撃を受け、エリーゼという人間に恋をしてしまった。


 妖精の国で何億年も、いや、それよりもずっと昔、宇宙誕生以前から禁忌とされてきた『人間との恋愛』


 吸い寄せられるかのように泣き崩れるエリーゼに近づいて行くアテューゼ。


(愛というものがあるなら、触れてみたい)


 それは、アテューゼと毎日抱き合っている火のニンフにすら感じ得なかった、彼の真心だった。


「叶えてやろう」


 アテューゼは、妖精の国の掟を知らない訳ではなかった。


『人間の希みを叶えてやる時、妖精は死ぬ。だが、人間の願いは確実に叶う』


 アテューゼは、しゃがみ込んだままのエリーゼを包み込むように抱きしめた。

 すると、この妖精の国に存在した瞬間から今まで経験しなかった事が彼に起きた。


 泣いたのだ。


 なんとしてもエリーゼの恋人の命のみならず、エリーゼを生きて返してやりたいと感じた。


 ――――メラメラメラメラ……。


 アテューゼは刺すような地獄の痛みに包まれた。

 ジェラシーの鬼と化した火のニンフが現れ、アテューゼをエリーゼもろとも焼きにかかったのだ。


「う、うううっ」

 呻きながらアテューゼは、雛鳥を守る親鳥のように無き翼を広げエリーゼを守った。


 

 ――――火のニンフは我に返り、丸焦げの恋人の身体に絶望したまま去って行った。

 その直後、アテューゼの身体は、曇天の空気に物凄いスピードで気化して行った。


 エリーゼは気を失っていた。

 何も憶えていない。


 彼女は、探しに来た病に効くキノコを見つけられぬまま、肩を落とし恋人の床に戻った。


「エリーゼ!」


 三日三晩うわごとしか言わなかった恋人の目が輝きを放ち、ベッドに起き上がっている。


 恋人はすっかり生命力を取り戻した。


                  *


 やがてエリーゼは恋人と所帯を持った。


 花壇のある素敵な新居を見つけた。

 新居の庭にはなんとも華麗な純白の薔薇が咲いており、エリーゼはその薔薇を見「ここに暮らしましょう」と言ったのだ。


 薔薇の花はとても嬉しそうだ。




アテューゼは優しさとなった。

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