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4.一歩も歩かぬ帝王学


 生まれて数ヶ月。世間一般の赤ん坊なら「ハイハイ」の練習を始めて、親が「あら、立ったわ! クララが立ったわ!」なんて、名作アニメばりの感動に浸る時期だ。


 だが、俺は魂に刻んでいる。この足は、高級パフェを食いに行く時か、あるいはパチンコ屋の新台入れ替え日に並ぶ時以外、1ミリも動かさねーと。


(……あー、あっちの窓から見える庭の花、綺麗だな。けど、あそこまで這って行くための『筋肉の収縮』にかかるコストが計算に合わねぇ。ダルい。肩凝る。腰痛い。なんなんだ、赤ん坊のくせにこの四十肩みたいな精神的重圧は……)


 俺がベッドで液体のようにゴロゴロしていると、部屋の扉が重厚な音を立てて開いた。現れたのは、公爵家が誇る最強の守護騎士、ハンスだ。


 鋼のような大胸筋、数多の修羅場を潜り抜けてきた鋭い眼光。まさに「歩く物理法則の塊」だ。


「アルフレッド様、本日も健やかであらせられますな。さあ、立派な後継者となるべく、少し体を動かしてみませんか? 男は筋肉、魔力も筋肉から宿るのです!」


(……ハンス、お前、今いいこと言ったな。よし、俺の『成長に伴う一切の苦痛』、全部お前に『債権譲渡』してやるよ)



【固有スキル:厄災の転嫁デット・トランスファー】設定完了

【決済対象:守護騎士ハンス】

【転送負債:全身の筋肉疲労、乳酸の蓄積、および『明日から本気出す』という強烈な怠惰感】


 俺は、ベッドの上で一回だけ、ピョコンと景気良く足を跳ね上げた。

 ……その刹那。


「……ッ!? ぬ、ぬおおおおおっ!?」


 仁王立ちして爽やかな笑顔を浮かべていたハンスが、まるで重力倍加魔法でも喰らったかのように、その場に崩れ落ちた。

 

「な、なんだ……この……足に大陸を括り付けられたような重みは……! それに、なんだ……もう一歩も、一歩も動きたくない……修行? 国防? 知るかそんなもん、このまま、ここで寝そべって、天井のシミの数を数えて余生を過ごしたい……ッ!」


 最強の騎士が、床に這いつくばったまま、死んだ魚のような目で天井を見つめ始めた。


 一方で、足を動かしたはずの俺の体は、高級サロンで全身マッサージを終えた後のように軽やかで、血行すら良くなっている。


(ほう……これは革命的だな。俺が動けば動くほど、ハンスが俺の代わりに疲弊し、俺の体は常にベストコンディションに保たれる。ハンス、お前は今日から俺の『外部ストレージ型筋肉』だ)


 俺は調子に乗って、寝返りを打ったり、手足をリズミカルにバタバタさせてみた。


 そのたびに、床のハンスが「ぐはっ!」「脊髄が納期直前みたいに悲鳴を!」「もう定時……定時で帰らせてくれぇぇ!」と悶絶の悲鳴を上げる。


 そこへ、騒ぎを聞きつけた公爵(親父)が様子を見にやってきた。

 

「おお、ハンスよ。アルフレッドの様子は……って、貴様、床で何をミミズのようにのたくっておるのだ?」


「か、閣下……。若は……アルフレッド様は、恐るべきお方です。若が少し手足を動かされるたびに、私の全身に、古今東西の全戦争を同時に経験したような凄まじい衝撃と疲労が走るのです……! これぞ、まさに『覇王の威圧』……ッ!!」


 汗だくで震え、もはや立ち上がる意志すら失ったハンスを見て、親父は驚愕のあまり鼻髭を震わせた。


「な、なんだと!? 寝ながらにして我が国最強の騎士を、指先ひとつ触れずに圧倒するとは……。アルフレッド、お前はやはり、戦いの神に愛されし子……!」


(……いや、ただの『苦労のなすりつけ』なんだけどな。まぁ、勘違いが信仰心に変わるなら、これほど楽な商売はねーぜ)


 こうして、俺は「一歩も歩かずに最強の騎士の魂を折った伝説の赤子」として、公爵家裏歴史にその名を刻んだ。

 

 だが、そんな「働かないための聖戦」が順調だった日々も、ある「最悪の出会い」によって終わりを告げることになる。

 

 俺の『なすりつけ』という最強のカードが、エラーを吐いて通用しない――。

 この世で最も「持ってない」少女、純度100%の貧困が、俺の目の前に現れたのだ。


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