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第一話 あまりにも液体

 音を鳴らそうと思って力んだんだ。こ~れがいけなかった。

 正直な話、力む前から怪しい感じはしていた。今朝から腹が緩んでいたのだ。風船の中にパンパンになるまで水を入れた感じだ。心当たりはない。おそらく、なにか腹が緩むようなことがあったのだろう、と推察ができる。薬を飲もうかと思ったが、ブリュッっとジョバッっと滝のように放つことが好きなので、その機会を失わせるわけにはいかないため、服用は控えた。

 腹が痛いとやる気が出ない。今日は特にやるべきことがなかったので、催すまで布団にくるまるつもりでいた。そう、つもりでいたのである。ギュルギュルとなる腹をサスサスとなでてその時を待っていた。

 布団のぬくもりと、手の温かさのお陰だろう、発酵によるガスの生成を認めた。おお鳴らさなければ。ガスを噴射させることで音を鳴らさなければ。一応周囲を確認して、括約筋に力を込めた。

 メメントモリという言葉を、その意味を知っているだろうか。私は分からなかったので調べてきた。どうやら自分がいつか必ず死ぬことを忘れるなという意味らしい。この死とは、生物的な死を暗示しているのだろうか。それとも人間的な死なのだろうか。多分前者だと思う。だが久しく忘れていた死というものを、力む。たった力んだだけで思い出すことができたのだ。

 やつがニュルリと顔を出した。厳密に言うと、出す直前でこちらが察知した。唐突な出来事だった。社会通念上、相手と顔を合わせるときは連絡を取る。急に相手の下に訪れると、相手に迷惑を与えかねないから、常識的に考えて連絡を取る。しかし奴は違った。己を気体と偽って、身分を詐称してきたのだった。でもちゃんと連絡は取っているのか。だからといって許されざる行為には変わりない。人をだますのは、良くない。良くないのだが、そんなことを考える余裕はもうなくなっていた。


 谷間の深淵から湧き出で、伝って流れるそれは、気体と呼ぶにはあまりにも液体だった。


 すぐさま深淵を塞いだつもりだったが、もう手遅れだった。ひとたび決壊したダムは貯水する能力を失うように、放たれてしまったこう…じゃなくて関門は、もう何の役にも立たないのだ。

 私は、ブリュッっと、ジョバッっと、滝のように放つことが好きだ。しかしこのような、着衣した状態で、下半身を露出していない状態でブリュッっとジョバッっとはしたくなかった。

 今日、たった今、私の人間としての尊厳は死んだ。死んだというか、黄色と茶色の混ざったくせぇ液体に汚されたという方が正しいのかもしれない。教訓を得る代償としては、あまりにも大きく、そして、臭かった。

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