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 序幕 動機

 年末の大掃除のさなか、今にもはちきれんばかりの押し入れを開けると、大量の本がなだれ落ちた。ほこりはゆったりと降り落ち、厳かな本は畳の上に積もった。


 解き放たれたかびの臭いに顔をしかめながら、しっかりとした作りの本を手に取った。重たい本の表紙についたほこりを払うと、母の字で書かれた私の名が現れた。背表紙には生まれた年月が刻まれていた。表紙をめくり中を確認すると、私の写真が収められていた。私は腰を据えて次のページへと手を伸ばした。


 母の両腕の中で、安らかに寝息をたてる赤子がいた。父の長いひげを引っぱって楽しそうに遊んでいる赤子がいた。親戚に囲まれて驚いていたり、何かを訴えるために泣き叫んでいたりした。一ページ、また一ページとめくるたびに、融け消えた思い出が頭の中へと舞い戻った。 最後のページには分厚い写真の束が収められていた。あれもこれもと現像したのはいいものの、貼る場所が足りなくなったのだろう。想像に容易い。


 見終えたアルバムを横に置き、続きを探した。そして手に取ったアルバムをめくって、記憶の銀世界に飛び込んだ。次、また次へと手を伸ばして、かつての足跡をたどる。そうして薄れていた思い出が、再度芽吹いて実をつけ、花を咲かせるように、次第に鮮やかさを取り戻していった。


 できあがっていたアルバムの山を見て、私はふと思った。ここにない記憶はもう二度と思い出せなくなってしまうのだろうか、と。そのとき生まれた感情も、共に消えてしまうのだろうか、と。


 寒気がした。うぐいすのさえずりを聞きながら新たな門をくぐり、夜空に咲けず降り落ちた雫を頬で感じ、香る松茸を焼いて食した。そんな喜びも悲しみも、全て埋もれて融けて消えて無くなってしまうのだ。


 絶望した。私は気付いてしまったのだ。ひとつだけ、アルバムにない思い出があることに気付いてしまったのだ。それは日常の一部で、当たり前で。しかし、なくてはならない存在でもあった。




 そう、うんちだ。思い返せば、うんちしている瞬間を一度も撮られたことがなかった。なぜあんなにも身近なのに、記録を怠っていたのだろうか。


 由々しき事態だ。このままでは適度な硬さのバナナ型うんちが出た快感や、生温い泥状うんちがお尻をつたう不快感、大量の小さな玉状うんちが着水する小気味よさなど、挙げるときりがないほどの脱糞の思い出が忘れられて、否、水に流されてしまうのだ。


 なんとかして記録せねばならない。これは急務である。運行中に運賃を知り、運ちゃんの気持ちを代弁するように、脱糞の様子を残さなければならない。弁当売り場は移設したと悟るように、脱糞中の気持ちを残さなければならない。


 だから私は、書くことにした。写真ではなく文字として残すことにした。便器の奥にこびりつく大便のように、忘れないように記憶にとどめるために。

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