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泣きぬれた抱擁

 

 ひゅう、ひゅう……。


 荒い呼吸が寝台にこもり、わたくしは裸のまま横たわっておりました。

 下腹の奥にはまだ火の粉が散っているようで、体は鉛のように重く動きません。


「貂蝉様……」


 そっと(とばり)をくぐり、灯をかかげたのは霜華(そうか)でした。


 薄衣を掛けて髪を撫でるその仕草に、人の温かさがじんわりと胸へ染み入ってまいります。


 霜華は声を低めて囁きました。


「大変な初夜となってしまいましたね」


 ――優しい響きに、胸の奥がほどけていきました。



「まずはお体を清めましょう」


 霜華は盆を運び入れると、わたくしをそっと抱き起こし、寝台に腰かけさせてくれました。


 濡らした布をきゅっと絞り、まずは腕へ。


 ひんやりとした感触が火照った肌をなぞり、肩から背へ、胸もとから腹へと広がってゆきます。


 冷たさと心地よさが交じり合い、思わず目を閉じました。



 けれど布が下腹部に触れたとき――胸の奥がぎゅっと縮みます。


 ふとももに残る赤い筋と、そこに重なる夜の名残が霜華の目にも映ってしまったからです。


 自分の秘密を、そのまま(さら)すような感覚に、息が詰まりました。


(……あぁ、見られてしまう……)


 四肢(しし)に力はなく、自ら隠すことも拭うこともできません。


 ただ霜華の手に委ねるしかない――その無力さが、かえって羞恥を強くします。


 それでも霜華の手つきは終始やわらかで、痛みに震えていたわたくしを気遣うようでした。


 その優しさがかえって胸を締めつけるのです。


 (はずかし)めではなく、(いつく)しみの中で芽生える羞恥――それは董卓様の暴虐の中で味わったものとは、まるで違う色合いでございました。



「霜華……」


 声を出した途端、涙が頬を伝い落ちました。


「とても……(つろ)うございました……」


 涙に押されるまま、霜華の胸へとすがり落ちてゆきました。


「ひとりでは、とても耐えられなかったのです……」


 霜華は息を呑み、それでもすぐに両腕で包み込んでくださいました。


「……貂蝉様」


 呼ばれた名のやさしい響きに、胸がきゅうと縮みます。


 霜華から漂う桃の香りが、董卓様に痛めつけられた心を癒していくようでした。


「もう大丈夫です。わたしがここにおりますから」


 霜華の(ささや)きに重なって、幼き日の記憶が胸に(よみがえ)ります。


(母上……)



 その瞬間、わたくしは声を抑えきれず、幼子(おさなご)のように泣きじゃくってしまいました。



 どれほど泣いたのでしょうか。気づけば、涙はようやく途切れていました。


 肩に回された霜華の腕は離れることなく、鼓動の音が静けさを戻してゆきます。


「なにが一番辛かったのですか?」

 落ち着いた声が、涙に濡れた耳にやさしく届きました。


 わたくしは鼻をすすり、泣き声を押し殺して答えました。

「……痛みです。体の芯が裂けるようで……」



 胸の奥を掻きむしるような記憶が蘇り、思わず震えます。


「それ以上に……羞恥が、耐え難く……桃房塾で習った技は、董卓様の仕打ちの前で何の役にも立ちませんでした」


 言葉を絞り出しながら、さらに唇が震えました。

「霜華しか……わたくしの思いを分かってくださる方はおりません」


 その告白に、霜華は強く頷き、よりいっそうわたくしを抱き寄せてくださいました。


「よく頑張りましたね……」

 その声はあたたかく、荒れていた胸がそっと包み込まれました。


「もう怖がらなくてもいいのですよ」


 そう言って抱き寄せながら、霜華は静かに続けます。


「一度経験すれば未知ではなくなります。慣れれば楽になりますよ」


(……確かに、破瓜の痛みは一度きり。しかし、それだけで楽になどなれるのでしょうか)


 短い沈黙ののち、霜華は慰めるように微笑みました。



「痛みを避ける工夫もございます。私とご一緒なら、少しずつお体を慣らしていくこともできますから」


 わたくしは思わず視線を落とし、唇をかすかに噛みました。


 確かに痛みは一度きり。けれど、最も苦しかったのは――あの羞恥でございました。


「董卓様に責められるのは覚悟しておりました。けれど、あのように無様な姿を強いられるのは……」


 小声で訴えると、霜華は小さくため息を洩らし、首を振りました。


「それでも、まだ幸いといえるのですよ。群臣の前で辱めを受ける女もおりますし、多数の相手を命じられる場合もあります」


「……そんなことが……」


「後宮では起こり得ぬゆえ、桃房塾でも語られなかったのでしょう」


 わたくしが呆然とするのを見て、霜華は続けました。


「ですが董卓様は、あなたに胤を望んでおられる。だからこそ、他の者に触れさせなかったのです」


 その言葉に、わたくしは熱に包まれたように頬を染めました。


(子を得られるのなら……わたくしの未来も、まだ……)


「御子を宿せば、あなたの立場は揺るぎません。未来を描いてよいのですよ」

 霜華はそう語り、指先でわたくしの涙をそっと拭いました。


「……けれど、未来を夢見ることなど……霜華、あなたが隣にいないと怖いのです。わたくしは……生きてはゆけません」


 弱々しい声に、霜華はわたくしを胸へ抱き寄せて答えました。


「必ず。どのような時も、わたしがあなたを支えます」


 霜華の言葉に、未来の光が心へと射し込んだように感じました。


 その光に身を委ねたい――そう願った刹那、闇はすぐさま忍び寄り、問いを胸に突きつけるのです。


 ――あの董卓様が、本当に子を宿しただけで変わるなど、あり得るのでしょうか。


 夜の静けさのなか、その問いだけが重くこだましておりました。



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