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花の刻、砕かれて

 (とばり)の内に灯がゆらぎ、わたくしは寝台に横座りしておりました。

 透ける薄絹が肌に沿い、月明かりにわたくしの輪郭が淡く浮かびあがります。


 ――ようやく、運命の一歩を踏み出す時が来ましたのね。


 董卓様がこの部屋を訪れる刻限が近づいてまいりました。


 この機会を逃さないために何をすればいいか。それは桃房塾の教えにありました。


 偶然通りかかった年下皇子の目を釘付けにする――それが「色香の崩し座り」。


 寝台に右手をつき、左手を頬へ。崩した脚からのぞく薄絹の乱れが、ほどよく危うさを匂わせます。


 そこで嫣然(えんぜん)と微笑めば、皇子の目はたちまち離れられなくなるでしょう。


 わたくしの容姿に最も似合うと、霜華が褒めてくださった姿勢ではあります。


 けれど……年下の皇子相手ならともかく、董卓様は数多の女性を知るお方。もしかして笑われてしまうのでは? いや、それとも意外にお喜びになるかしら?


 そう思うと、真剣に悩んでいるはずなのに、胸の奥で可笑(おか)しみがふっと芽生えてしまうのです。


 思わず微笑んだ刹那――ぎしり、と扉の軋む音が夜を裂きました。


 月明かりに浮かぶ巨躯。獣のような吐息とともに、董卓様が影を引きずりながら迫ってこられます。

 血の匂いか、それとも酒の匂いか。夜気が一瞬で濁りました。


 笑みは瞬く間に凍りつき、血の気が引いてゆきます。

 喉から洩れた「ひっ」を必死に押し潰したその時――。



「……そこで何をしておる」

 低い(うな)り声に、背筋を氷の刃でなぞられたように硬直しました。



「董卓様をお待ちしておりました……」

 必死に声を出すも、恐怖で身が(すく)んでしまい、寝台に沈んだままの姿勢が変えられません。


「女風情が寝転んでわしを待つとは、天に対する無礼にも等しいわ!」

 叱責(しっせき)(とどろ)いた瞬間、胸の奥で何かが砕けました。


 ――色香の崩し座りが、董卓様の目にはただの侮りとして映っていたのです。

 誇りと信じていた艶態が、逆に怒りを招いてしまうなんて……。



「董卓様……誠に申し訳ございません。決して蔑ろにするつもりでは……」

 慌てて膝を折り、額を床にすりつけました。


「娼婦の技を習っただけの小娘が、大きな顔をするな! さっさと王允のもとへ帰れ! ……それとも、この場でくびり殺してくれようか!」

 雷鳴のような声が落ち、喉を掴まれた錯覚に息が詰まり――このまま命を奪われるのではと恐怖が全身を支配しました。


「そ、それだけは……!」

 気高さを投げ捨て、ただ董卓様の足へとすがっておりました。


 王允様の顔を潰すことも、霜華の尽力を無駄にすることもできません。

 笑みとともに描いた未来が一息で砕け散り、残ったのは震える身体と必死の命乞いだけ。


「どのようなご要望にも……必ずお(こた)えいたします。どうか……お慈悲を」


 涙に濡れた声は、そのままわたくしが身を委ねる響きとなりました。


 やがて董卓様は鼻を鳴らし、口の端を吊り上げます。

「ふん……ようやくわしに相応しい顔になったわ」


 にやりと笑むその影に、わたくしは(あらが)えぬ未来を垣間見ました。


 ――運命は預けぬと誓ったばかり。けれど、わたくしはすでに差し出していたのです……。

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