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桃房塾

 今でこそ董卓の蹂躙(じゅうりん)に耐えるだけのわたくしですが、少女時代のわたくしは違いました。


 汚れなき心で未来を見上げ、女であることを胸いっぱいに(ほこ)っていたのです。


 思い返せば、洛陽の桃房塾で過ごした幼少の日々は、まさに桃源郷でした。

 皇帝の寵姫となるよう仕込まれつつも、わたくしは一輪の花として大切に育てられていたのです。




「また桃? いいかげん飽きちゃうわ」

「たまにはお肉も欲しいよね」

「ほんとだよね」



 桃房塾での仲間達と、食事のことで文句を言っていた頃が懐かしい。

 このあと決まって先生方からお小言をもらう所までがお約束でした。


「お肉なんて食べたら、体の臭いがひどいことになるのですよ!」

「殿方を魅了するのは、顔の美しさだけではありません。うっとりとさせる香りを体から漂わせるため、桃を食べるのです」


 房中術の核心は香りにあります。汗、涙、よだれ、お小水、そして……


 五体から発するすべてを(かぐわし)しく整えること。それが「桃の掟」でした。


 良い匂いをまとった女と、嫌な匂いを漂わせる女。どちらが殿方に好まれるかなど、自明の理でしょう。


 皇帝陛下の御心をかすかでも動かせる可能性があるなら、私たちはどんな手立ても惜しみません。



 さて、桃の掟の一つは香りですが、それは五弁のうちの一枚でしかありません。


 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。

 五感すべてで皇帝の気を引き、お情けを頂戴し貴人となり、あわよくば皇后となる。


「美貌しか取り柄のない肉屋の娘が皇后になれたのです」


 先生は扇をたたみ、声をひときわ強めました。


「わたくしたちに出来ないはずがありません」


 先生方の言葉に従い、わたくしたちは手段を(いと)わず行動しておりました。


 女を磨き、さらに磨く。これこそが桃房塾の教育理念なのです。


 わたくしはその教えを信じ抜き、あらゆる努力を惜しみませんでした。

 桃房塾で過ごした幼い日々こそ、女で生まれたことを心から誇れた季節です。


 鏡に映る美貌は花のように咲き、鈴を転がす声は自分の胸を震わせました。

 白い指先が示す未来——そのすべてがわたくしの揺るぎない自信となったのです。


 ――それでも「夜伽の所作のお稽古(けいこ)」 が始まったとき、花のような自信は初めて試練に晒されることとなりました。




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