第五話
ぐい、と暁の左手を何かが引っ張った。
傾く体に暁は驚き急いで反対方向に体重をやる。
左手を握っていた結衣がその力によって立ち上がった。
「暁ちゃん。」
赤くはれる目は柔らかく微笑んだ。暁は驚いてその状況を理解しようと瞬きをする。
暖かな手に、柔らかな笑顔、優しい声が名を呼ぶ。
「もっとにぼしちょーだい、だと思う。最後の言葉。」
まだ何が起こったのか分かっていない暁に、結衣の声が響く。
暁はわけが分からずえ?と聞き返す。その顔にくすくす笑ってゆっくりいった。
「もっとちょーだいって甘えるとき、いつもそうするんだよ、小林さん。
だからきっと『次会ったら、もっとちょーだいね』って言ったんじゃないかな。」
結衣がそういい終えたとき、チャイムが鳴り響いた。それを合図にいくつもの足音がかけていく。
二人は静かに山茶花を見つめながら、裏庭を吹く風に髪を揺らした。
「連れてきてくれて、ありがとう。」
それは暁が初めて貰ったお礼の言葉だった。
その目には恐れも侮蔑もなく、ただ幸せそうな微笑を向けていた。
あぁ、と暁は心の中でため息に似た何かをこぼして、次第に大きくなっていく鼓動を押さえながら口を開いた。
「僕も・・・、僕も、ありがとう。」
「私に?何で?」
おかしそうな声で結衣はそういうと首をかしげる。
「待っていてくれたから、僕はここまで歩いてこられた。」
全てから開放された気がした。
梅雨を迎えるこの時期にしてはやけにからりとした、夏風にも似るそれが吹き抜けていく心地だった。
そんな時が訪れることを、魔女はきっと知っていたから、歩けと言ったのだろうと暁は結衣を見つめる。
結衣はその暁の瞳に、どういう意味?ともっと不思議そうな顔をする。
暁は何でもないと小さく首を横にふり、笑ってみせる。
「変な暁ちゃん。」
くすり、と笑うその結衣の言葉はひどく優しいものだった。
結衣の言葉はまるで魔女の言葉のように、そこらじゅうに魔法をかけていく。
何もかもが軽く弾んだ春の風と、強くぬぐっていく夏の風をだいて走っていく。
その風にとかされた声が、もう大丈夫だね、とどこか笑っているようだった。
一日遅れてしまい、すいませんでした。
暑い日の中、どうかお元気でお過ごしください。