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第十一話

いつも通りの二人きりの夕食のあと、リュカが洗い物を終えて居間に入るとうたがコマチとじゃれあいながらテレビを見ていた。

低い机の向こうでちらちらと黒い尾が踊って見える。

「あ、リュカ。ちょうどこれからクライマックスだよ。」

ぽんぽんと畳を叩いて隣に座るよう促し、うたはまたテレビを見つめる。

コマチはつまらなさそうに二度鳴いて、それでもうたの手に適当にあしらわれると諦めたようにうたに寄りかかって寝転がった。

『おぬしの悪事、このじじいの眼はしかと見ていましたぞ。』

テレビの中の白髭を生やした優しそうな老人が決め台詞をはく。毎週この時間になるとうたはテレビの前に張り付き、『翁旅行記伝』という時代劇を必死になって見ている。

「翁様!!」

拍手をしてはしゃぐ女子高生の前で老人はお供をこき使い、高みの見物を始める。

最近では恋愛小説がドラマ化されたり、映画化されたりと、うたの同世代はそちらに必死だと言うのにうたは全く興味関心がなく、サスペンスや時代劇ばかり見ている。

「『一件落着』。」

だだん、だ、だ、だ、だん。

軽快な和太鼓で幕がとじ、うたはうっとりと満足そうなため息を溢して、いつも通り余韻に浸っていた。

「翁様のあのきらりと光る目。凛々しいとは言えない緩やかな横顔。格好いいなぁ。今日の一言聞く?聞きたい?」

うたの目も輝いているな、と思いながらリュカはやはりいつも通り笑って頷いた。

うたの今日の一言とは、ドラマが終わるとその回でうたが格好いいと感じた翁の一言を抜粋したものだ。

うたがあまりに嬉しそうに話すので、リュカはいつも頷いてしまう。

「『お前さんが今手放そうとしておるその幼子の手より大切なものがあるとは、わしにはどうしても思えんのでじゃがなぁ。』」

「じゃがなぁ…。」

「じゃがなぁ。」

意味もなくうたが笑うとリュカもつられて笑った。

突然うたは炭酸飲料の宣伝に変わったテレビをぼんやり眺めながら、眠るように静かに座るコマチの背中を撫でて言った。

「私はリュカや暁の周りと違うことの苦しみは分かる。でも、私はお父さんとお母さんに愛されてるから、一番最初に愛して欲しい人から愛されない辛さが私には分からない。あの子はリュカに似てる。」

リュカはその言葉に「あぁ」と頷いた。

リュカはうたがまだうたの存在さえ知らない幼い頃の自分と暁を重ねて見ているのだろうと思えた。


暁は帰り道の途中、小さな声で言った。

“僕のお母さんは僕が気持ち悪いから、家をでて行っちゃったんだ。”

うたは“そっか。”と暁の手を握る指に少し力をいれた。

リュカはその時、リュカ自身の昔話をしたあとに向けられる、うたの優しさと悲しみが混じった目を見た。


「親が必ず子供を愛せるとは限らないことを俺は知っている。だからお前が思っているほど俺は親の愛など求めていない。」

愛されないことなど当然だという世界に生きてきたリュカから見ると、うたが愛されていることの方が不思議で堪らなかった。

赤子が生まれてすぐ母親が死に、その赤子が普通ではないと分かった瞬間、父であるはずの人間は平気で自分の子供を手放した。

その赤子が西の魔女であり、彼女はそれ以来エルフ達によって育てられてきた。

そんな西の魔女と違って、うたは父にも母にも愛されていることを感じていた。

「求めていた頃を忘れちゃっただけだよ。」

「そうかもな。」

誰しも愛されたいと思う。

しかしリュカはうたとは違う世界に一人生きていた。

暁を待つのはリュカのいる、愛されないことが当然だと思う世界だとうたは恐れた。

「暁はまだ、ちゃんと求めてる。」

うたは泣きそうな顔をリュカから反らした。

「暁が待ってる。きっとまだ間に合う。」

リュカは無意識にうたの頭に手をのせた。その手のいたるところに見られる傷痕や火傷の痕を見つめながらうたが泣いた日を思い出した。

間に合わなかった、リュカという存在の奥に触れた時、魔女は初めて父以外の前で涙を流した。

そして“ごめんなさい。”とひたすらに魔女として頭を下げた。

今のうたは暁をそんなリュカの幼い頃と重ね、いつも以上に感情移入していることはリュカでさえ感じられた。

「俺はもう、ずいぶん昔に救われたんだ。」

確かにただ愛したり愛されたりすることを当然とする世界にとどまることはできず、諦めてしまった後ではあったけれど。

何故もっと早く出会えなかったのか、とうたが口にすることはないけれど、そう思っていることをリュカは知っていた。

テレビの中から響く笑い声とバックミュージックに負けないよう、けれど決して強く押し付けすぎないように、リュカはすっと力を抜いて低い声を響かせた。

「最善とは言えないかもしれない。でも今の俺はちゃんと、愛することも愛されることも知っているんだ、うた。俺はお前に救われた。」

いつかきちんと言葉にして伝えたいと思っていたリュカは、リュカを下から覗きこむコマチにうっすら微笑んだ。

「きっとあの子供も、俺を救った魔女に救われる。」

俺がそうであったように。リュカの声がじんわりうたを包む。

「出かけるんだろう。」

リュカは立ち上がり、うつむくうたに手を伸ばした。

愛されないことが当然という世界でリュカが生きていられたのは、彼自身が全てを飲み込んでしまえるほど大器だったからだ。

まだ誰も知らないリュカの本来の力をうたはちゃんと知っていた。

コマチが膝からおりると、うたはそっと顔をあげた。うたは目を軽く擦って笑った。

「リュカが私を救うんだよ。今も、これからも。」

うたは伸ばされた手をぎゅっと握って立ち上がった。

そして魔女は七時ずぎの秋の暗闇へ足を下ろす。その隣に小さな光の灯るリュカを連れて。

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