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第十話


先日冬服に変わったばかりの紺色のセーラー服が冷たい風に揺れる。

水がはねる黄色のバケツを地面に置いて、プリントやノートが散らばったその場所で1人肩を揺らして泣いている少年の前にすとんと屈むと、うたは両手をそっと伸ばして少年の体を包み込んだ。

“待ってたよ。”あの日そういって向けられた黒い瞳はどこか暖かく感じられ、まるで春の野原に落とされたような気持ちになったあれは、きっとあんなふうに抱きしめられていたのだな、とリュカは公園の入り口でじっと二人を見つめていた。

少年はゆっくりと顔を上げ、涙をいっぱい溜めた目に驚きを映している。

しかしうたの腕の中の温度に目を閉じて、魔女の与える広く穏やかな存在感の中に身を沈める。

明るかった空が太陽の光を失い、辺りが暗くなり始めるとうたは静かに言った。

「私は魔女。そういったら信じてくれる?」

うたは少年を解放して優しく微笑みかけた。

セーラー服を着た幼顔のお姉さんにしか見えないであろう彼女を見つめていた少年の頭が小さく縦に揺れた。

「そう。」うたはその頭をなでてまた笑った。

二人の間に流れる空気はとても静かで、時の流れを知らない優しく澄んだ空間がそこにだけ存在しているようだった。

手を伸ばしそっと指先で触れただけでもシャボン玉のようにぱちんと弾けてしまいそうで、リュカは一人外側から眺めていた。

「リュカー。」

うたがそんなリュカを見て、名を呼びながら大きくゆっくり手を振って立ち上がる。

「帰ろー。」

子供のようなうたの姿にリュカは口元を緩め、フェンスで囲われたそこへ足を踏み入れた。

その空間はびくともせずにリュカを受け入れ、なおそこに存在し続けた。

少年の目はじっと白銀の髪へ向けられている。

リュカはその視線に気づかないふりをして、あたりに散らばった紙類やかばんを左手に、少年に近づき手渡した。

「あ・・・。」

うたの後ろに隠れるようにして立っていた少年の小さな声を聞き漏らすことのないように、リュカは耳を傾ける。

「ありがとう・・、ございます。」

だまったままのリュカの代わりに「どういたしまして」とうたが笑って返事をする。

少年は涙に濡れたまつげを閉じて、小さく笑った。

“傷つけ方を知らなくて、自分を守ることができない、優しい子なの。”

ここへ来る途中、バケツの中の金魚たちにうたはそう話していた。

そして魔女は願った。どうか優しいばかりの小さなあの子を守ってあげてください、と。

少し汚れた水の中でくるくると回る金魚はきっとそれを承諾した。

「帰ろう、送っていくよ。」

そういってうたは左手に黄色のバケツを、右手に少年の小さな手を握って公園を出た。

少年は名も知らない彼女に当然のようについて歩く。

少し後ろを歩くリュカの目に、二人は年のはなれた姉弟のように見えた。

うたはリュカが通ったこともない道を迷いなく進んだ。

小宮山家から五キロ圏内にある道の全てを把握しているリュカは頭の中で描いた地図の上をゆっくり歩きながら、その道沿いに立地している建物などを頭の地図につけたし、辺りに影のようなものが潜んでいないか探っていた。

そんなリュカとは逆に、直感のままにのんびりと少年を手をつなぎ、空を仰ぐうたの黒い目が遠く、まだ少し明るさの残る紺色の空を見ていた。

「アキってどういう字を書くの?」

「あかつき、ってお母さんが言ってた。でも僕はまだ書けなくって。」

黒いランドセルが頼りなく揺れた。

「難しいけど、いい名前だね。とても力いっぱいって感じ。」

「力いっぱいなの?」

暁の大きな目が不思議そうにうたを見上げる。

「あかつきは夜明けってことだから、朝日みたいなんだよ。」

夜を追いかけてきた日の光が大地を明るく照らす、夕日とは違う力の満ちる光。

「きっと暁のお父さんとお母さんにとって、暁はそんな光なんだね。」

うたの言葉に暁は顔を落とした。

「そう、かなあ・・・。」

うたは哀しそうに笑い、少し強く暁の手を握りなおして「うん。」といった。


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