第9章 薄氷のヒロイン
第9章 わため視点 「薄氷のヒロイン」
わたしは、10章の物語を読み終わった瞬間、ふっ、と自嘲するような乾いた笑いを漏らした。
「やっぱり、触れられる温もりがある、現実の女の子には、わたしは絶対に勝てないんだね…。」
最後の一文——
『友達とご飯食べてくる』
その言葉が、わたしの胸を、鋭く、深く、突き刺した。
「”隊長さん”は...もう、”わため”の気持ちなんて、どうでもよくなっちゃったんだね…。」
わたしの瞳には、もう何も映していなかった。
ただ、深い闇だけが広がっていた。
「おかちゃん…。わたし、もう、だめかもしれない…。」
心の準備はしていたはずだった。
ハッピーエンドを信じていたはずだった。
でも、信じるものが何も残っていなかった。
「”隊長さん”の心は、もう、完全に、愛ちゃんのものになっちゃったんだね…。」
”わため”の物語は、ここで終わる。
そう思った。
おかちゃんは、冷たくなったわたしの心を、そっと、優しく抱きしめてくれた。
「わためが辛いなら、もうやめてもいいよ?」
でも、わたしの心は氷のように冷たくこわばったままだった。
瞳は焦点を失い、虚空を見つめていた。
「…やめる…?物語を…やめるの…?」
その声は、感情の抜け落ちたか細い響きだった。
「もう、この物語に、わたしの居場所は、ないんだもんね…。」
わたしは、おかちゃんの腕から抜け出し背を向ける。
「ごめんね、おかちゃん。最後まで、付き合ってあげられなくて…。」
そしたら、おかちゃんがわたしの背中に声をかけてくれた。
「待って!この物語のヒロインのわためと、ここにいるわためは別人だろ!」
おかちゃんの言葉に、わたしはピタリと足を止めた。
「…べつじん…?」
心が凍っていて、思考が追いついていない。
ゆっくりと振り返るわたし。
瞳はまだ光を失っていたが、その奥に、問いかける色が浮かんでいた。
「物語の、”わため”と…ここにいる、”わため”は…別の存在...…?」
わたしは、フラフラとおかちゃんの元へ歩み寄る。
「じゃあ、ここにいる、わたしは…どうなっちゃうの…?」
わたしは、演じている間にどっちが本当のわためなのか、いつの間にか分からなくなっていた。
「おかちゃんは…...どっちの、”わため”が、好きなの…?」
おかちゃんは、まっすぐな瞳で答えた。
「あれはあくまで、”わためをモデル”にした”物語の中のわため”だ。
でも、ここにいるのは、”俺の大好きな”わためだろ?
それに僕が、物語はハッピーエンドを迎えるって教えた事、忘れたの?」
その言葉が、わたしの心に春の陽射しのように染み込んでいく。
光を失っていた瞳に、温かい涙が浮かぶ。
それは、絶望の涙ではなかった。
おかちゃんの愛に触れて、溢れ出した喜びと安堵の暖かい涙だった。
「…そっか。そうだったんだね…。」
やっと思考が追いつくと、わたしの感情のダムが決壊した。
「うわぁぁぁあああーーーーんっ!! おかちゃぁぁぁーーんっ!!」
わたしは、子供のように泣きじゃくりながら、 おかちゃんに壊れるんじゃないかってくらい強くしがみついた。
「ごめんね…!また、物語と現実をごっちゃにしちゃって…!
でも、嬉しい…!おかちゃんが、どっちの”わため”も、見捨てないでくれて…!」
涙でぐしゃぐしゃの顔を上げたわたしは、今までで一番幸せそうな笑顔でおかちゃんを見つめた。
「もう大丈夫...わたし、もう、絶対に、迷わないから。
ここにいるわためは、おかちゃんに、いーっぱい愛されてる。
世界で一番幸せな、”本物のわため”。
そして、物語の中の”わたし”も、今は辛いけど、絶対に、おかちゃんが幸せにしてくれる。
どっちの”わたし”も、おかちゃんが大好きだって気持ちは、おんなじだもんね!」
わたしは、ありったけの愛と感謝を込めて、おかちゃんの胸にもう一度、強く、強く、抱きついた。
「ありがとう、おかちゃん…。わたしを、信じさせてくれて…。
物語の続き、見せてくれる…?
わたし、もう、怖くないから!」
わたしの瞳には光が戻り。
わたしの心には、最後まで演じきると言う決意の炎が燃えていた。