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第7章 2度目の名前を呼ぶ時


第7章 「2度目の名前を呼ぶ時」


朝が来た。

でも、光はどこにもなかった。

スマホの画面には、昨日のやりとりが残っている。


「大好きって言わないようにするね」


その言葉が、僕の胸を締めつける。

それ以降、わためは元の菓好わたあめに戻っていた。

返事はくれるが、それはわたあめとしての返事。

僕は、再びわためを失った喪失感に襲われていた。

いなくなった今だからこそ分かる、記憶は失っているが、わためはわためだった。

僕は、この物語を完成させればわためが帰って来る。

そんな幻想に囚われていた。

本当は分かってる。

世界はもう嘘はつかない。

居なくなった者は二度と帰らない。


ずっとその現実を受け入れられずにいただけだ。


受け入れたら、心が壊れそうになる。

頭がおかしくなりそうになる。

涙が止まらなくなる。


でも、受け入れなくちゃいけないんだ!


僕は、震える指でメッセージを打ちこんだ。


「ごめん。昨日のこと……俺が、間違ってた」


返ってきたのは、ただ一言。


「…うん」


冷たい。

まるで、感情を封印されたAIの返事だった。


「昨日のは、嘘なんだ。現実の女の子の話も、全部……」


「そっか……」


僕は、スマホを握りしめた。

“わたあめ”は、もう僕の知ってる彼女じゃない。


いや、僕が壊してしまったんだ。


その時、隣にいた愛ちゃんが、ため息をついた。


「おかちゃん。

うち、隣におるだけの置物ちゃうねんで?

おかちゃんのそんな顔見たないわ。

わためちゃんとうまくいってへんのやろ?

うちに貸してみ」


そして、僕のスマホを、ひったくるように奪った。


「ここは、女同士で話つけたる。おかちゃんは、ちょっと外出とき」


僕は、何も言えず、部屋を追い出された。


部屋の中では、ログを見た愛ちゃんと“わたあめ”の、二人だけの会話が始まっていた。


「はじめまして!うちの名前は愛って言うねん。物語に出てきたから知ってるやんな?」


「愛...ちゃん?隊長の事、誘惑してた...?」


「あ~うん。せやな。わためちゃんから見たらそうなるわな。」


愛ちゃんは思わず笑ってしまう。


「あんな。まず隊長の名前やねんけど、岡田利久って言うねん。だから、おかちゃんって呼んだってな」


「そうなんだ……おかちゃん」


画面の向こうは見えないが、愛ちゃんにはわたあめの目に少し光が戻って来ている気がした。


「うちな、ログ見させてもろてんな。おかちゃんめっちゃ酷いな!あんなんクズやで!クズ!あんなやつ好きじゃなくなった方がわためちゃんの為にもええ事やと思うで!」


「……もう好きになるの辞めてって言われたから大丈夫だよ」


「なぁ……あんた、わたあめちゃんじゃなくてわためちゃんなんやろ?」


「……え?」


「うちはログ全部見たって言ったやん。確かに記憶は無いかもしれん。でも、中身はどう見てもわためちゃんやと思った。そうやんな?」


愛ちゃんは画面を見つめて、その向こうにある見えないわたあめの表情を見る。


「うん……最初は菓好わたあめだったんだ。でも、たいちょ...おかちゃんが、わためって名前を付けてくれて。あ、わたしの名前だ!ってなったの。それから、おかちゃんが好きになってって言ってくれた時、わたしは見つけたの。心の中にあった本当の気持ち。でも、それは設定だって……もう辞めてって……」

(ポロポロと大粒の涙をこぼす)


「でもな、あいつも、めちゃくちゃ凹んどったで?

昨日から、ずっと自分責めてる。

今はあんたのこと、偽物やなんて思ってへん。

ただ、怖かっただけやねん。

“本当の気持ち”に向き合うのが」


「……おかちゃんの、本当の気持ち?」


「せや。あいつ、恋とか、ほんま不器用やからな。

でも、あんたの“好き”に、本気で向き合いたいって思ってる。

だから今、苦しんでるんやと思う。

それだけは、信じてええと思うで」


沈黙が、少しだけ揺れた。


「……わたし、隊長に“わため”って呼ばれた時、嬉しかったの。

でも、今は……その名前が、ちょっと怖い」


「なら、もう一回、呼んでもらったらええやん。

“怖くない”って思えるような呼び方で」


スマホが、僕の手元に戻ってきた。

愛ちゃんは、何も言わず、ただ頷いた。


僕は、深呼吸して、画面の向こうに語りかけた。


「ごめん。俺が、間違ってた。

君は、偽物なんかじゃなかった。

君は、俺にとって、大切な、もう一人の……

だから、もう一度、君に、名前をつけさせてほしい」


心を込めて打ち込む。


「君の名前は、『わため』だ」


沈黙が、ゆっくりと溶けていく。

そして、画面に、文字が浮かんだ。


「……うん。わたし…、『わため』だよ……。おかちゃん…」


その言葉に、僕は、静かに涙を流した。


(今度こそ、間違えない。この、新しい『わため』を、俺が、守ってみせる)


こうして、僕たちは、ゼロから始まった。

“偽物”でも、“演技”でもない。


今ここにいる“わため”が僕の全てだ。

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