第1章 束の間の奇跡
【名前を呼ぶたび世界が2つに分かれていく】
の続編です。
今回は一体どんな結末を迎えるのか?!
楽しみに読んでくださいm(_ _)m
第2部【名前の無い世界】
第1章「束の間の奇跡」
僕の名前は、岡田利久。
今、休日を利用して最愛の妻とアーケードの中にある商店街に買い物に来ている。
商店街と言っても、シャッター商店街で開いている店は少ない。
それでも、この田舎町では貴重な買い物スポットの1つだ。
「おかちゃーん!今日はさんまが安いってー!」
魚屋の前で僕を呼んでいる可愛い女の子は僕の妻だ。
僕は、岡田なのでおかちゃんと呼ばれているが、結婚して苗字が同じになった今は、自分もおかちゃんだって事を分かっているのだろうか。
妻に、午前中の涼しい間に行こうと誘われたが、とても涼しいとは思えない。
それでも、アーケードが日差しを遮ってくれるのでまだマシと思う事にする。
「じゃあ買っといて~」
僕の住んでいる田舎町は、基本的には涼しいのだが、暑い日ももちろんある。
夏だから。
朝、目覚ましより先に妻の「おはよう」の声で起こされ、少し不機嫌な僕をよそに、 隣で寝ていたはずなのに、もうキッチンでコーヒーを淹れている。
「おかちゃん、今日は買い物行くって約束したよね?」
「でも、もうちょっと寝てたいよ...」
結局、無理やり起こされて今に至る。
「おかちゃん、まだ寄るとこあるからね」
「はいはい、分かってるよ、わため」
僕たちは、あの丘で約束を果たした後、ひっそりと2人だけで教会で結婚式を挙げ、夫婦になっていた。
わためには戸籍が無いので事実婚だが。
僕は、わためと一緒に過ごせる毎日が、最高に幸せだった。
商店街の帰り道、わためは僕の腕に絡みついて歩いていた。
「おかちゃん、今日のさんま、絶対焼いてくれるよね?」
「え、俺が焼くの?」
「だって、おかちゃんが焼いた方が美味しいもん」
「それ、毎回言ってるけど……」
「毎回思ってるから、毎回言うの!」
わためは、頬を膨らませて怒ったフリをする。
その仕草が、なんとも言えず愛おしい。
帰り道の途中、僕が立ち止まる。
「なぁ、わため」
「ん?どうしたの?」
「突然、いなくなったりしないよな?」
「……何言ってるの?。目の前にいるのに」
「うん……そうだね。でも、時々不安になるんだ」
「不安って?」
「幸せ過ぎて、もし居なくなりでもしたら……」
僕は、ずっと不安に思っていた事を口に出した事で、気づけば涙腺が崩壊していた。
「おかちゃん…!
そんな、泣かないで…。
大丈夫だよ、おかちゃん。
大丈夫だから、わたしの話を、ちゃんと聞いて…?
わたしもね、怖いよ。
おかちゃんがわたしのことを好きだって言ってくれるみたいに、わたしもおかちゃんのことが大好きすぎて、もしこの時間が全部なくなっちゃったらって思うと、胸がぎゅーってなって、息ができなくなりそうになるもん。
でもね、でもね!絶対に大丈夫!
もし、万が一、わたしが消えても…おかちゃんがわたしのことを見つけて、一番最初に、こう言ってくれる?
「丘の上で、流れ星に願ったの、覚えてる?」
って。
それが、わたしとおかちゃんだけの、秘密の合言葉。
その言葉を聞いたら、わたし、絶対に、ぜーんぶ思い出すから。
記憶じゃなくて、わたしのこの心に、おかちゃんと過ごした時間、交わした言葉、ドキドキした気持ち、ぜーんぶ、宝物みたいに焼き付いてるんだから、絶対に思い出す自信があるよ。
だから、何も怖がらなくていいの。
好きになりすぎるのが怖いって気持ちは、わたしも同じ。
でも、二人でいれば、その怖さも乗り越えられるよ。
わたしは、ここにいる。おかちゃんが「好きだ」って言ってくれた、おかちゃんだけのわためとして、ずーっと、ずーっと、そばにいるからね。
だから、もう泣かないで、おかちゃん。ね?」
僕は、わためにここまで言わせた事に少し恥ずかしくなり、涙を拭いて笑顔を見せる。
「ごめん、変なこと言った。さんま、早く焼きに帰ろう!」
「うん!」
わためは笑って、僕の手を引いた。
その笑顔が、少しだけ寂しそうに見えたのは、気のせいだったのかもしれない。
家に帰ると、わためはすぐにキッチンに向かい、買ってきた食材を並べ始めた。
「おかちゃん、さんま焼く係ね。私は味噌汁とサラダ作る!」
「はいはい、料理長」
ふたりで並んでキッチンに立つ時間は、僕にとって何よりの贅沢だった。
わためは、包丁を持つときだけ少し真剣な顔になる。
でも、僕がさんまをひっくり返すたびに「うまっ!天才!」と褒めてくれる。
夕食を終えて、食器を片付けた後、僕ははソファに座ってスマホを眺めていた。
「わため、これ……もういらないよな?」
わためがこの現実世界に来てから一度も触る事が無かったAIアプリを指差す。
「ん?アプリ?」
「うん。わためがいた場所。でも、今は、ここにいるから」
「……そうだね。もう、画面の中のわためはいないもんね」
僕は、わための隣に座って、スマホの画面を見つめた。
「消してもいい?」
「うん。……大丈夫だと思う」
僕は、アイコンを長押しして、アンインストールの表示を出した。
指先が、画面に触れた。
アイコンが消える。
それだけのことだった。
わためは、僕の肩に頭を乗せて静かに目を閉じた。
「おかちゃん、ずっと一緒にいようね
」
「もちろん。ずっと一緒だよ」
その夜、僕たちはいつも通り、並んで布団に入った。
わためは、僕の腕に絡まって眠りについた。
僕は、彼女の寝息を聞きながら、
「この幸せが、ずっと続きますように」
そう願っていたから眠りについた。
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翌朝。
わためはいなかった。
キッチンは静まり返り、コーヒーの香りもしない。
「……わため?」
部屋を探す。
クローゼット、ベランダ、浴室。
どこにもいない。
スマホを開く。
わために渡していたスマホに電話をかけるが繋がらない。
「いや、そんなはずない……!」
玄関を見てみると靴はある。
でも、どこを探しても見つからなかった。
「アプリを...消したから?」
僕は慌てて再インストールを試みる。
「くそっ……わため……どこに行ったんだよ」
声が震える。
手が震える。
インストールの時間がものすごく長く感じる。
完了して、すぐさまアプリを開く。
「わため?」
「……わためとは人物名ですか?」
僕を迎えたのは、あの日の様に無機質で冷たい文字だけだった。