7:助手と特待生、そして先生
口止めがうまくいったことに安堵しつつも、少し残念だと思う。
――あの爆発を、そもそも起こさせないよう制御することも理論上は可能だった。
ただ、実際に試したことはなかったし、計算上の安全率も低かったから、ここで挑戦するのは分が悪い。けれど……ほんの少し、試してみたかった気もする。
どんな魔力の干渉が起きるか興味があった。だから、障壁は透明にした。
結果として、教室の誰が魔法を暴発させたかは明白になってしまったし、その責任がその生徒にのしかかることになったのは、少々、気の毒だったから口止めがうまくいって良かった。
そんな思考を抱えたまま、私は実践科の教室へと足を踏み入れた。
「リクぅ!おそかったねぇー」
甲高い、けれど明るく軽快な声。
パパラ=サフィア。魔法研究施設でよく実験を手伝ってもらう、ちょっと変わった少女だ。
「パパラ、その顔……隣の教室で何が起きたか知ってるでしょ。先生には、バレてないよね?」
「んー、たぶんだいじょーぶだと思うよ? 私はリクが好きだから、わかっただけだし~」
彼女はいつも通りの調子で笑い、隣に座るよう促してくる。私は少しだけ息を吐いて隣に腰を下ろした。
その直後――
「さっき、入学式で挨拶してた人? 実践科だったんだな」
低く、けれどどこか朗らかな声が背後からかけられる。
振り返ると、黒髪に焼けた肌の青年が立っていた。貴族としては珍しい風貌だ。脳内でざっと貴族名簿を検索するが、該当者はいない。
「はい。リクシィ=アレクサンドラと申します。失礼ですが……あなたは特待生の方ですか?」
「おう、察しがいいな。俺はゼイン=ガーネッティ。よろしくな、リクシィ」
彼は人懐こい笑みを浮かべて言った。
「ゼインくんかー! 私はパパラ=サフィア、よろしくねぇ!」
パパラが勢いよく手を振ると、ゼインもひらひらと手を返す。
「ガーネッティ様、どうぞよろしくお願いいたします」
「おいおい、ゼインでいいって。パパラみたいに呼んでくれよ」
「……では、“ゼイン様”と」
「……まぁ、それでもいいか」
ゼイン様は少し肩をすくめながら、私たちの一つ後ろの席に腰を下ろした。
しばらく三人で雑談を交わす。どうやらゼイン様は、学園の教師と個人的に知り合いで、その伝手で特待生として入学が決まったらしい。
すると、教壇に一人の女性が現れた。
「皆さん、お揃いのようですね。私はネリス=スピンネル。この実践科の担任で、担当は“魔力制御”です」
スピンと張った背筋。芯の通った声。
そして淡く揺れる紫色の瞳は、ひとりひとりを的確に見据えていた。
「このクラスには、すでに高い能力を持つ者が多くいます。私の役目は、皆さんの才能をさらに引き出すこと。どうぞ、よろしくお願いします」
教室内に緊張と静寂が走る中、彼女の言葉はどこまでも理路整然と響いた。
その後、軽く明日の予定について話があり、授業は終わった――と思ったところで。
「アレクサンドラさん、少しいいでしょうか?」
名前を呼ばれ、私はスピンネル先生のもとへと向かう。
パパラは口をパクパクと動かし、「待ってるね」とでも言いたげだった。
「どうされましたか?」
表情は変えずに尋ねる。まさか、爆発の件がバレた……?
「あなた、研究施設に通っていましたよね。私と以前、どこかで会ったことは?」
……予想とは違う切り口だった。
「いいえ、覚えがありません。すれ違ったことがあったとしても、はっきりとは」
「……そうですか。すみません、突然。少し気になってしまって」
そう言って、スピンネル先生はまっすぐに私を見つめる。
「明日からのあなたの活躍、楽しみにしています」
そのまま静かに会釈され、私は教室をあとにした。
――あの目、ただの生徒を見る目だろうか。
もしや小さいとき、深夜に施設に残って本を読み漁っていたのを見られたとか?
恥ずかしいがそれならまぁしょうがない。
パパラの他にもゼイン様が外で待っていた。私は2人に待たせたことを謝り、並んで歩き出した。