6:少女を見る者
この話は前話登場のセリアス視点から始まります。
入学式における生徒代表挨拶。それは例年、最も高い身分の新入生が行う慣わしだ。
今年、王族の入学はなく、公爵令嬢――リクシィ=アレクサンドラがその役目を担うのは、当然の成り行きと言える。
だが、彼女が壇上に上がった瞬間、僕は目を疑った。
(――あれは、彼女の魔力か?)
僕の眼は特異だ。生まれつき、他人の魔力の“流れ”が視える。
膨大な魔力量を持つ者もこれまでに何人か見てきた。だが、彼女は――異常だった。
揺らぎが、まったくない。
圧倒的なまでに濃密な魔力が、影のように彼女に寄り添い、張りついている。
この魔力量が、入学したばかりの“学生”にあるとは信じがたい。
だが、目の前の事実を否定できるほど、僕は愚かでもない。
――近くで、確認する必要がある。
そう思っていた矢先、彼女を廊下で見かけ、迷わず声をかけた。
「多少は使えますが、“心得”と呼べるほどではありません。断言はできかねます」
返ってきたのは、冷静な声音と、あまりにも控えめな言葉。
(……嘘、だろう?)
彼女ほどの魔力量を持っていて、“多少”などと。
最初は隠しているのかと思ったが、話を聞くうちに、推薦により実践科へ配属されたと知り、ある結論に至った。
――公明な魔法使いの弟子。おそらく、そういう経緯だろう。
そんな矢先、教室の前で、魔力の流れが異様なまでに暴れ始めた。
急いで止めに入ろうとするが――
(あいつ、馬鹿か!魔力を流しすぎだ……! くそ、間に合わない!!)
そう思った瞬間、アレクサンドラ嬢の魔力が教室内に広がるのが視えた。
次の瞬間、強烈な閃光。
けれど――衝撃も音も、まるでなかった。
慌てて彼女の方を見ると、手には何もなく、詠唱すらしていない。
彼女は、何事もなかったかのような涼やかな表情で教室に歩み寄る。
「怪我をした方はいらっしゃいませんか? そして、あなた。大丈夫ですか?」
彼女は爆発の原因となった生徒に、静かに声をかけた。
「だっ、大丈夫……です。あの、本当に申し訳ありません……」
男子生徒も、周囲の生徒たちも、何が起きたのか理解できていない様子だ。
そんな中、彼女はにこやかに言う。
「怪我人がいないのでしたら、皆さま、このことはどうかご内密に。……入学初日にトラブルなんて、嫌でしょう?」
含みをもった微笑。
その表情に、確信した。
彼女は今、無詠唱・無媒介で障壁魔法を発動させたのだ。
しかも、音も衝撃も遮る高位の結界を。
「……ああ、そうですね! 幸い怪我人もいないようですし、教室の損傷もない。この件は、ここだけの話ということで」
爵位ある者同士、僕と彼女がそう言えば、誰も逆らうことはできない。
この場にいた全員、この出来事を他言しないだろう。
だが、なぜ彼女がそれを望むのか……それはまだ、わからない。
訊きたいことは山ほどある。
だが、学園生活は始まったばかりだ。
彼女のことは――いずれ、少しずつ知っていけばいい。