5:侯爵令息との邂逅
よし、仕事は完了。
先生からの評価も上々だったし、これでタンザさんから例の宝石を譲ってもらえるはず。
液体状態での魔法触媒としての反応性——ずっと気になっていたから、楽しみで仕方がない。
そんな浮き立つ気持ちを抑えきれずに、廊下を歩いていたときだった。
「アレクサンドラ嬢、今少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
背後からかけられた声に振り返る。
深い群青の髪に翡翠色の瞳——フォルセティア侯爵家の長男、セリアス=フォルセティア様。
「はい、大丈夫です。フォルセティア様、何かご用でしょうか?」
「ありがとうございます。……少しお伺いしたいのですが、アレクサンドラ嬢は魔法の心得をお持ちですか?」
魔法の心得、か。
確かに、タンザさんの研究施設を利用する代わりに実験協力を頼まれたり、自分の研究結果を試したりしている。
けれど、心得と呼ぶには些か曖昧なものだ。
「多少は使えますが、『心得』と呼べるほどではありません。断言はできかねます」
私の返答に、彼は小さく「そうですか」と呟き、それきり沈黙する。
その横顔はどこか思案深く、視線は空を彷徨っていた。
(……これは長くなりそうですね)
「フォルセティア様、大丈夫ですか? よろしければ、教室までご一緒にいかがですか。私もそろそろ戻る時間ですので」
呼びかけると、彼はハッと我に返ったようだった。
「申し訳ありません。失礼いたしました。……アレクサンドラ嬢は、何科のご所属ですか? 私は戦術魔法科なのですが」
「私は実践科です。お隣ですね」
「実践科、ですか……。あそこは選抜制のはず。凄いですね」
少し意外そうな表情とともに、彼は納得したように頷いた。
「推薦です。個人的な事情でして。正直、職権濫用に近い扱いでしたけれど、研究の自由度が高いので助かっています」
そんなたわいもない会話を続けるうちに、彼の教室前へと到着した。
「おい、お前、どんな魔法使うんだよ! 見せてくれよ!」
「いいよ、ちょっと待って!」
教室の中から、やや騒がしい声が漏れてくる。
どうやら生徒の一人が、教室内で魔法を実演しようとしているようだ。
「君たち、教室内で魔法を使おうとするな!」
セリアス様が声を張り上げ、慌てて教室に駆け込んでいく。
だが、タイミングが悪い。男子生徒の魔力制御は明らかに未熟で、あのままでは魔法が暴発する。
(あれは、間に合いそうにないな……)
無詠唱でも魔法が発動しようとしているようだが、宝石に魔力を流しすぎている。
教室内の生徒たちを守るには、できるだけ広範囲に、けれど圧を抑えて——包むように結界を。
次の瞬間、男子生徒の魔法は暴発し、光が教室いっぱいに広がった。