47:大っ嫌いだった彼女
「リク……大丈夫?」
呆然と立ち尽くすリクシィに、パパラはそっと声をかけた。
しかし、リクシィはパパラの方を向きもしなかった。
その瞳は、何かを見ているようで、何も見ていないようで――
心ここにあらず、そんな虚ろな様子だった。
パパラの後ろでその様子を見ていたゼインは、異様な空気を敏感に察したらしい。
「……パパラ、リクシィは任せた」
短く告げると、セリアスの後を追って足早にその場を離れていった。
「リク、何があったの?」
二度目の呼びかけに、ようやくリクシィはゆっくりと振り向いた。
「私が……いかにダメなのかを、痛感しただけです」
その声は小さく、震えているようにも聞こえたのに、表情は恐ろしいほど無表情だった。
「私のことはいいから、セリアス様の方へ行ってください」
パパラは、その一言で胸が締め付けられた。
――セリアス、一体何を言ったの?
あれじゃあ、まるで昔の……
私が大っ嫌いだった、あの頃のリクシィじゃない。
リクシィは小さい頃から、同年代の子供たちの間で有名だった。
美しい容姿、整った立ち振る舞い、そして時折放つ聡明な言葉。
――だけど、私はどうしても好きになれなかった。
だって、あの瞳はいつも、どこか空っぽで。
誰とも心を通わせようとしない、その閉ざされた姿が怖かった。
決定的だったのは、あの日だ。
「リクシィ様!お慕いしております!せめて、せめて僕と一曲だけでも……!」
必死に告白する伯爵家の子息に対して、リクシィはたった一言。
「そうですか」
その瞬間、私の背筋は冷たくなった。
喜ぶでもなく、拒絶するでもなく、本当に“無関心”だった。
五歳の子供が、そんな風に感情を切り離すなんて……怖いと思った。
だから、魔法研究施設で再会したときは驚いた。
あのリクシィが、宝石を見つめながら、柔らかく微笑んで研究をしていたから。
――ああ、この子は“興味”さえ見つけられれば、こんなに可愛らしくなるんだ。
その瞬間、あのときの気味の悪さに納得がいったし、私は少しだけホッとした。
それから私は、彼女に話しかけ、研究を手伝うようになった。
リクシィは少しずつ変わっていった。
特定の人に関心を持つようになり、自分を大切にし始めた。
――そんな彼女が、私は大好きになっていった。
だからこそ、今のリクシィを見ているのが、辛くてたまらない。
「やだ。私はリクと一緒にいる」
パパラはそう言って、リクシィの横に腰を下ろした。
「別に何も話さなくていいし。ただ、そばにいたいだけ」
リクシィの指先が小さく震えていることに気づき、パパラはそっとその手を握った。
「別に私、セリアスのことなんてどうでもいいし。
あっちはあっちで、どうにかなるでしょ?」
そう言うと、立ち上がってリクシィの手を引き上げる。
「ゼインくんに、あれ渡すんでしょ?……さ、帰ろう」
リクシィは一瞬だけ戸惑ったように目を瞬かせたが、すぐに小さく頷いた。
けれど、歩き出したところで、躊躇うように言葉を落とす。
「パパラ、少し怒ってますか? ごめんなさい、私が――」
「そう、怒ってる」
パパラは立ち止まり、リクシィの言葉を遮った。
「私自身にね。……だから、今は私と一緒にいて」
(今は、何があったかなんて聞くべきじゃない。
私はただ、いつもの天真爛漫で我儘な“パパラちゃん”でいるべきだ)
そう決めて、パパラは精一杯の笑顔を作った。
その笑顔を見たリクシィは、一瞬だけ驚いたように目を見開いたが――
やがて、ぎこちなく口元を引き攣らせながらも、確かに笑った。
その小さな笑顔が、パパラにとって何よりの救いだった。




