36:今はまだ、気づかなくていい
ゼイン視点。
寮の方に向かって帰り始めた。
どうやらリクシィは送ってくれるらしい。
市場ではしゃいでいた姿が頭から離れない。笑った顔も、口いっぱいに食べ物を頬張っていた顔も。
……可愛い。
少し離れたところにある背中を見ていたら、つい口からこぼれた。
危なかった。この距離なら聞こえていないだろう。
いや、聞こえていても誰も困りはしないか……
「リクシィ、迷子になるぞーー!」
慌てて俺の隣に戻ってくるリクシィ。
その仕草が小動物みたいで、また胸がくすぐったくなる。
「よーし。よくできましたー」
「ゼイン様、流石に私のことを馬鹿にしていませんか?」
唇を尖らせた表情が、怒っているというより拗ねているようで、やっぱり可愛い。
「んー。してない、してない。リクシィは妹みたいだからね。可愛がってるだけですよ」
頭を撫でる。柔らかな髪が指に絡む感触に、なぜか心臓が一瞬強く打った。
……妹みたい、か。本当にそれだけなのか、俺。
けど、今はまだ決めなくてもいいだろう。
「私、一応長女なのですが。けど、確かにゼイン様はお兄さんみたいですね」
「えっ、リクシィ長女なの?てっきり一人っ子か末っ子だと思ってた」
「残念。私、長女です。ちなみにパパラは末っ子です」
「えっ、意外!なんだかんだ言って長女っぽくない?」
兄弟の話をするリクシィは楽しそうで、その笑顔にずっと見惚れてしまう。
「私の弟は可愛いですよ。あの子は天使です」
「へー、リクシィと似てるのか?」
「全く似ていません。というか私が異質なんですよ。私の家族の中で。皆んなタレ目気味なのに、私は吊り目なんですよ。あっ、けどちゃんと血縁関係はありますよ!お父様と同じ瞳の色ですから。この瞳はアレクサンドラの血縁以外にはいないらしいです」
「へー、その目、綺麗だもんな。赤にも緑にも見える」
自然と覗き込む。距離が近くなりすぎて、吐息がかかるほどだった。
ちょうど光の加減で、片方が緑、もう片方が赤に見える。
「すごい、オッドアイみたい」
言葉を零した瞬間、彼女は顔を逸らした。頬がうっすら色づいて見えるのは……気のせいかな?
「リクシィ、そのまま俺に背中向けて立って」
「わかりました」
彼女の背に手を伸ばす。無詠唱で髪をまとめる間、耳の近くを通る指先に妙な緊張が走った。
最後に、選んでおいた黒地に赤い刺繍のリボンを結ぶ。彼女の髪色と瞳に溶け合うようで、予想以上に似合っている。
「完成! どうよ! 無詠唱、無媒介でやったぞ!」
「ありがとうございます。こんな短期間で無詠唱、無媒介の魔法を精緻に使いこなすとは、流石です! けど、最後につけたのはなんですか?」
「んー、帰ってからのお楽しみー」
そのリボンは、ただの飾りじゃない。俺が彼女に似合うと思ったものを、どうしてもつけてほしかっただけだ。
「もうだいぶん遅いから転移魔法で帰れる?」
名残惜しそうに少し眉を下げる顔が、胸の奥を妙に締めつける。
「また今度、パパラやセリアス様を誘って来ましょう」
「あぁ、そうだな」
リクシィが転移魔法を使い、姿がゆらりと消える。
残された空気に、かすかに彼女の匂いが残っていた。
……わざわざ違うクラスのセリアス誘う必要、ないだろう?
なんでそう思ったのかは、俺にもわからない。
別に俺はセリアスのこと嫌いじゃないのに。




