34:贖罪と幸運
「取り乱してごめんなさい。あなたの言葉に、一つだけ訂正したいことがあるの」
ひとしきり泣いた玲さんは、目元を指で押さえ、深く息を整えてから口を開いた。
「どうしましたか?」
真っ直ぐに私の目を見つめて、静かに言葉を置く。
「あなた、自分には人として大事なものが欠けているって言ったでしょ?」
「はい、実際そうでしょう?」
私は人にあまり興味がない気がする。
誰かを特別好きになったことも、強く嫌ったこともない。
前世で十八年、今世で十五年――それでも、何も変わらなかったはずだった。
「……まぁ、前世ではそうだった。けど、今は多分違う」
玲さんはゆっくりと私を見つめながら、確信するように言う。
「サフィアさんとか、ガーネッティさんとか……あとはフォルセティアさんだっけ? あの人たちといるときのあなた、本当に楽しそうなの。前世では、実験が成功したときにしか見られなかった顔よ」
そこで一度言葉を切り、少し声を大きくして――
「今のあなた、とっても幸せそう」
さっきまで泣いていたとは思えないほど、穏やかで美しい笑顔だった。
その笑みに、胸がきゅっと締め付けられる。
「ありがとう……ございます?」
そんなことを言われても、正直よくわからない。
きっと顔に疑問が出ていたのだろう、玲さんは小さく笑った。
その後は、少しだけ前世や今世のことを話した。
どうやら玲は、生まれたときから前世の記憶があったらしい。
一方、私は六歳のときに思い出した。
――なんの違いだろう?
研究対象が少なすぎる。いや、これは研究しない方がいい。
「また、何か考えてる」
玲さんが呆れたように笑う。
「まぁ、あなたらしいわ。本当はどうにかして罪を償いたかったけど……多分、そんなことされたら困るでしょう?」
「えぇ、まぁ。困りますね」
私と玲さんはあまり仲良くなかったつもりだったけれど、想像以上に理解されていた。
「でしょ? だから私は、罪を繰り返さないことを贖罪とします」
袖口から覗く、前世の火傷の痕。
それは消えることのない印――けれど、今はそれすらも彼女の決意を映す証のように見えた。
「ありがとうございます」
そうして私は職員室を出た。
転移魔法を使えばすぐだが、今日は少し歩きたい。
誰かと話したい気分だ。
今からパパラの元へ行くのは迷惑だろうし、どうしようか――と考えていると、
「リクシィ! 今日休みなのに、なんでこんなところにいるんだ?」
軽やかな声と足音が近づいてくる。
振り向くと、息を切らしたゼイン様がそこにいた。
「ゼイン様! 少し学園に用事がありまして。ゼイン様は?」
「俺は寮生活だからな、散歩してた」
にこっと笑うその顔に、さっきまでの重たい気持ちが少しずつ溶けていく。
「この後暇? なら、一緒に市場行かない? ちょうどしたいことがあるんだよ」
「行きたいです!」
――なんと、幸運!
私の声も自然と弾む。
「じゃあ行こう!」
ゼイン様の明るい声に背中を押され、私は歩き出した。
胸の奥で、玲さんとの会話の余韻がまだ燻っている。
けど、彼女が言ったように私は変わっているのだろう。
だって――前世で、こんなにも人といて楽しいと思ったことは、一度もなかったのだから。




