33:火傷は消えない
先生視点です。
⚠︎先生=玲、リクシィ=美月
私は生まれた時から、前世の記憶があった。
星野玲として過ごした記憶。
そこそこ容姿には恵まれていたし、頭だってよかった。
高校は近くで済ませたかったから、地方の進学校に入学し、なんとなく目についた化学部に入部した。
そこに――あの子、花田美月がいた。
最初の頃は、彼女のことを私と同じように「恵まれた人間」だと単純に思っていた。
しかし一年も経たないうちに、その認識は音を立てて崩れ去った。
美月は、根本的に人間への興味が欠けていた。
好意にも悪意にも鈍感で、誰かを庇うのもきっと優しさからではない。
「自分はどうなってもいいから」――そんな悲しい理由のように思う。
それでいて、研究に対しては異様なほどの情熱を燃やす。
その情熱が、一部の人間を強く惹きつける。
私のような人間を。
「失礼します。スピンネル先生」
控えめな声が、静まり返った職員室に響いた。
「どうぞ。……今日は学校が休みの日だから、他の先生はいないわ。安心して」
扉を閉めた彼女は、一歩、二歩とこちらに歩み寄る。
昨日はあれほど動揺していたのに、もう平静を装えるまでに立ち直っている。
――やっぱり、そういう子だ。
「今日は……美月って呼ぶわ。そのほうが、私も落ち着く」
「では、私も玲さんとお呼びします」
彼女を椅子に座らせ、まっすぐに目を見る。
「……あなたは、どこまで覚えているの?」
「大体のことは、覚えていると思います」
喉が渇く。けれど、これだけは聞かなくてはいけない。
「じゃあ……私が起こした火事のことも、覚えているのね」
謝罪の言葉を続けようとしたその時――
「待ってください。あの火事は、私が不始末を起こしたのでは?」
その言葉に、思わず目を見開く。
「……何を言っているの? あの火事は、私ともう一人いた後輩が行っていた実験が原因よ。ナトリウムの扱いを間違えたの。あなたは、私たちを助けてくれたのよ」
「そう……なのですか? 死ぬ直前の記憶が曖昧で……私が、とうとう何かやらかしたのかと……」
違う――違うのよ、美月。
「ごめんなさい! あなたは私が殺した! 私があなたの忠告を聞いていれば、あんなことにはならなかった! 私が……素直に逃げていれば、あなたは死ななかった!」
立ち上がり、勢いで手を伸ばした拍子に袖がめくれる。
そこには、前世から持ち越した火傷の痕。
皮膚に刻まれた赤黒い跡は、年月を経ても消えることなく、今も私を責め続けていた。
美月は、その腕をそっと掴む。
「……そんなこと、言わないでください。私は、私の意思であなたを助けた。けど……あなたにトラウマを植え付けてしまったみたいですね。昨日、花火を見て様子がおかしかったのも、そのせいですよね? ごめんなさい」
違う。謝らないで。
謝るべきは私の方なのに――。
私は、自分勝手で、あなたに謝っているのも結局は自己満足。
身勝手で、高慢で、救いようのない女。
言葉にしようとしても、喉が詰まり、涙が邪魔をしてうまく声が出ない。
「泣かないでください。私は……死んでも良かったんです。私は、人間として色々なものが欠けていますから」
その言葉に、心臓が締め付けられる。
――あの日の炎の中でも、彼女はこんな顔をしていた。
自分の命より、他人の無事を優先する顔を。
まるで、それが当然であるかのように。
なのに、また私は何も返せない。
返すべき言葉が、胸の奥で燃え尽きた灰のように、形にならない。




