16:追いつけないほどの強さを
セリアス視点です。
「セリアス!手を!」
その声に、僕の胸が一瞬だけ跳ねた。
アレクサンドラ嬢が、僕を名前で呼んだ。
だけど間に合わない。魔力の気配は、もう目の前まで迫っている。
それでも、言われた通りに手を伸ばすと、彼女は迷いなく僕の腕を引いた。
勢いよく、強く、抱き寄せるように。
「っ……!」
けれど、その反動で彼女の身体までもが攻撃圏内に入ってしまったらしい。
耳元で小さく洩れる痛みに、思わず息を呑む。
次の瞬間、僕たちは吹き飛ばされた。
けれど、地面に叩きつけられる寸前、柔らかい衝撃が僕を包み込む。
――あたたかい。
それは魔法で張られた障壁だった。けれど、僕を包んだのはそれだけじゃない。
身体を覆うように、誰かの腕が回されていた。
……リクシィが、僕を庇って抱きしめてくれていたのだ。
思わず呼吸が詰まりそうになる。
その細い腕に、こんなにも強く守られていることに、胸が締め付けられた。
「……っ!」
視線を上げると、リクシィの表情は見えなかったけれど、その瞳の奥に宿る真剣な想いだけは、痛いほど伝わってきた。
「……ありがとう」
思わずこぼれた声は、自分でも驚くほど震えていた。
だが、休む間もなく再び詠唱が響く。
「風よ――!」
ゼインの魔法。けれど、今度は僕たちではなく、結晶を狙っていた。
さっき張った障壁がまだ残っていたのだろう。結晶は無事だった。
「壊れない障壁よ、僕たちを守れ……!」
震える手を重ね、詠唱と媒介を使って障壁を張る。今度は、全力で。
「アレクサンドラ嬢、大丈夫ですか……?」
僕にもたれかかるように立つ彼女。直撃は受けていないにしても、あの一撃をまともに受けていたら無事ではいられないはずだ。
けれど彼女は小さく頷き、微笑んだ。喉が動いて、かすかに声が出る。
「ゼイン様……手加減していらしたようです。口の中を切ってしまって、ちょっと喋りづらいだけ……なんです」
その笑顔に、逆に胸が痛くなった。
僕にはもう、ゼインと戦えるほどの魔力は残っていない。
正直に言えば、今の僕にできることはほとんどない。
「……それに、パパラに負けるわけにはいきません。これは……私の、意地です」
その言葉を聞いた瞬間、僕は彼女の覚悟を感じた。
止めることなんて、できない。
そんな目をしていた。
「……ありがとうございます」
彼女はそう言って、僕の手をそっと握った。
じんわりと、優しい魔力が流れ込んでくる。
「いざという時のために、少しだけ。……では」
その背を見送る僕の目に、彼女の緑の瞳がちらりと映る。
そこに映っていたのは、どこか不安げで――情けない顔をした僕自身だった。
彼女に守られて、彼女に救われてばかりの自分が、悔しいほどよく見えた。




