11:青い策士は研究者に近づく
昨日のことを思い返すたび、罪悪感がする。
ゼインにあれほど迷惑をかけたのだから、何かお詫びをすべきだ——そんな思いを抱きながら、リクシィは朝の廊下を静かに歩いていた。
「おはようございます、アレクサンドラ嬢。」
穏やかな声が背後からかけられ、リクシィは振り返る。群青色の髪が朝陽に透けて見える。セリアス=フォルセティア。昨日もリクシィが少し会話をした人物だ。
「おはようございます、フォルセティア様。」
リクシィが丁寧に挨拶を返すと、セリアスは彼女の隣にぴたりと歩調を合わせた。
「少々沈んでいるように見えましたが……何かお悩みでしょうか?お力になれることがあれば喜んで。」
セリアスの口元には相変わらず、どこか底の見えない微笑が浮かんでいる。
リクシィは一瞬だけ迷い、やがて口を開いた。
「少しだけ……昨日、ある方に迷惑をかけてしまったのです。できることなら、何かお詫びをと思いまして。」
「なるほど、それはお優しい。」
セリアスは軽く頷いたあと、興味深げに尋ねる。
「そのお相手の好みなど、お分かりですか?」
「魔法は……お好きかと。それ以外は……昨日初めて言葉を交わした方なので、正直まだ分かりません。」
リクシィが正直に答えると、セリアスはふっと目を細め、提案する。
「では、宝石などいかがでしょう?魔法と宝石の相性は言うまでもなく、実用品としても価値があります。」
「……宝石、ですか。」
リクシィが小さくつぶやいた瞬間、セリアスは畳みかけるように続ける。
「そう、ちょうど良いタイミングです。昨日説明がありましたよね?本日行われる実技試験——成績優秀者には、学園から宝石が授与されると。」
リクシィが少し驚いたように目を見開いた。
「……成績優秀者、ですか。」
「しかも、戦術科と実践科の合同試験です。ですから、ペアを組むことになるのですが……」
セリアスは一歩前に出て、言葉をかけた。
「アレクサンドラ嬢、僕と組みませんか?」
不意打ちのような申し出に、リクシィは一瞬だけ返答に詰まり、やがてゆっくりと口を開いた。
「……成績優秀者になるのは、容易なことではありません。それに、フォルセティア様ほどの方が、私をお相手に選んでよろしいのですか?」
セリアスは軽く肩をすくめ、冗談めかして言う。
「もちろんです。僕では心許ないと思われるかもしれませんが……せめて支えになれれば。」
「そんなことはありません。……よろしくお願いします。」
その言葉にセリアスは満足げに笑みを深めた。
「では、試験の時にお会いしましょう。」
セリアスが早足に教室へと消えていくのを見送ったリクシィも、自分の教室へと向かう。
「リク、遅いー!あのね、今日の試験、私ゼインくんと組むから!リクが遅かったからね!」
パパラの元気な声が出迎える。既に教室にいたゼインも、リクシィに向かって軽く会釈した。
「リクシィ、それで大丈夫か? 無理なら俺、他の人と組むけど。」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。戦術科の方とペアを組むことになりました。」
「へぇ、そうなんだ。」
ゼインはあっさりと頷いたが、パパラは目を丸くしてリクシィを見た。
「えっ!? 誰? 私が知ってる人?」
「フォルセティア様にお声をかけていただいて。」
「あーあの色男ねぇー……まぁ、悪い人じゃなさそうだし。ゼインくん!リクに負けないよ!」
「ふん、望むところだ。」
そんな風に軽口を交わす3人のもとに、ネリス=スピンネルが教室へと入ってくる。
試験の幕が、静かに上がろうとしていた。




