第7話 食事塔の使い方
私が『妹』だと知ったユーさんは、自分の剣の鍛錬を中断し、早速私の手を引いて歩き出した。
「まずは学園の案内からだね! 学園はかなり広いんだよー。敷地内の庭や森、湖や山はとりあえず置いておいて、建物に関しては、大きく分けて三つ。授業を受けたり研究をしたりする校舎・ミスリル城と、私たちが生活するための寮・学舎塔群、そして最後に儀式をするための建物・大聖堂とあって――」
グイグイと私の手を引っ張りつつ、空いている方の手で指折り数える彼女は「私も去年は、姉様から色んな場所に連れて行ってもらってね!」と、楽しげに語る。
何故そんなにも楽しそうなのか。
お祖母様は、いつも私に優しかったけど、穏やかで落ち着いている人だった。
可愛がってくれていたけど、それでもここまで楽しげに私を連れて歩くような事はなかった。
初めての状況に若干戸惑っていると、長いポニーテールを靡かせて、彼女がクルリと振り返った。
「この三つの中で一番最初に知っておくべきは、間違いなく学舎塔群!」
かなり自信ありげ……というか、確信めいた表情で彼女は言う。
しかし私は、首を傾げた。
「学舎塔、ですか?」
今の話をザッと聞いて、魔法の勉強をしに来た私が抱いた印象は「ミスリル城や大聖堂の方が余程優先度が高いのではないだろうか」だ。
アンネルの手記に書かれていたのも、その殆どがミスリル城や儀式塔での出来事だった。
学舎塔の印象はかなり薄い。
しかし私のそんな疑問にも、彼女は確信を崩さなかった。
「当たり前だよ! だって学舎塔は、これから毎日寝起きする『家』なんだよ? 『家』の事はちゃんと知っておかないと、なんか落ち着かないじゃない!」
生活空間が未知なんて、なんかちょっとこう、ソワソワしない?
そう言われ、私は曖昧に頷いた。
ここに来るまで、私は実家である辺境伯領の屋敷に居を置いていた。
生まれてからずっとそこで過ごしていたけど、屋敷内のすべての部屋や部屋の役割を知っていたかというと、答えは「いいえ」だ。
そういう場所がある事を、不安に思った事もない。
しかしせっかく案内してくれようとしている人に、「いえ別に」と言えるはずもなく。
「行くよー!」
張り切った彼女に手を引かれるままに、学園の東・四本からなる学舎塔群の方へと向かう。
塔という言葉で私が想像したのは、辺境伯領にもあった遠方まで見える高い塔だ。
物見のために一本立ちしている細長いもので、飾りっ気のない簡素な造りになっている。
そういう物を予想していたため、目の前の小さな城のような横にも長さがあり上には思いの外高くない建物を見て、思わず「塔……?」と首を傾げた。
「四本の学舎塔の内、三つは学生の寝泊まりする部屋なんだよ。院生のと、満月クラスのと、新月クラスのと。四つ目が食事塔なんだけど、一番近いのが食事塔なんだよ。それがここな訳だけど」
言いながら、ユーさんが扉を押し開く。
扉の先は、大きな一室になっていた。
大きなテーブルがあり、幾つのも椅子が並んでいて。
たくさんの人たちがガヤガヤと、思い思いの席に座って食事をしている。
中にはローブに線が一本の人たちの姿もあり、「もしかして、あの人たちも私と同じように『兄』や『姉』に案内してもらったのかな」なんて考えた。
「食事は、メニューの中から好きなのを選んで、あそこで受け取って席で食べる。食べ終わったらあっちに食器を戻して、っていう感じだからね! 覚えておいて!」
ユーさんの言葉にコクコクと頷けば、彼女は「じゃあ」と歩き出す。
「もう昼だし、このままご飯、食べちゃおっか」
「はい」
先程はかなりザックリとした説明だったけど、彼女の後に続いて同じように立ち振る舞えば、おおよその注文の仕方やご飯の受け取り方は理解できた。
辺境伯領の屋敷では、私の影が薄すぎて使用人からも気味悪がられ遠巻き気味にはされていたけど、それでも身の回りの世話はしてもらえた。
食事だって、時間通りに食堂に行けば既に用意されていて、私はそれを食べて席を立つだけでよかった。
だから、こうして自分で食事を選ぶのも、運ぶのだって、初めてだ。
とても不思議な気分だけど、学園内に使用人は入れない。
アンネルの手記曰く、王族や上位貴族の中には、特定の学生に自分のそういった身の回りの世話をさせている人もいたようだけど、私にはそういう人脈もなければ、一応上位貴族ではあるけど、跡取りからは外されているも同然。
他の貴族に世話をしてもらえるような力は、持ち合わせていない。
……ユーさんも、身の回りの世話をしてもらっている訳じゃあなさそうだな。
慣れた様子で自分の食事を運ぶユーさんを見ながら思う。
「今日は人が多いなぁ。あ、でも、あそこ空いてる!」
困り顔だった彼女がパァッと表情を輝かせ、歩いていくのでついていく。
空いていたのは、ちょうど二つ。
「本当は外もあるんだけど、この時期はちょっと大変だから」
「え?」
座った時に呟かれたその言葉に小首を傾げたのだけど、そんな私を気にする事もなく、胸の前で両手の指を組んで目を閉じて、食事に祈りを捧げ始めたので、私も慌ててそれに倣った。
「じゃあ、いただきま――」
「おい、新月《凡人》クラスの平民女」
サッとスプーンを手にしたユーさんが、それをスープにくぐらせたところで、頭上からそんな声がした。
何だろう、と思い顔を上げると、その声の主――気の強そうな男子学生は、まさかのユーさんを見て言っている。
高圧的な彼の態度に気が付いた周囲は、一斉にしんと静まり返った。