第6話 『姉』の特権
――眩しい人。
それが、私が彼女に感じた第一印象。
そして一拍遅れてから、彼女が髪を結んでいる組み紐に見覚えがある事に気が付く。
「あれ? 君、朝に会った子だよね。どうしたの? こんなところで」
私に気が付いた彼女が、私にそう問いを投げてきた。
朝。
教室に行く途中で、ぶつかりそうになった人。
あの時は彼女の持っている本のせいで顔が隠れていたからパッと見では気が付かなかったけど、やはりあれは彼女で合っていたらしい。
しかし、それにしても。
――また、私に気が付いた。
朝もそうだった。
ぶつかる前に、私に気が付いて。
今もだ。
声をかける前に、私に気が付いた。
どうして。
どうやって。
そんな疑問が脳内で錯綜する。
だって、今までお祖母様以外、誰も私を見つけられなかった。
誰も私に気が付いてくれなかったのに――。
「大丈夫?」
気が付けばすぐ近くまで来ていて、しかも至近距離で顔を覗き込まれていた。
驚いて肩をビクッと震わせ、反射的に一歩下がる。
たまたまその後ろで、地面を舗装するためのレンガが終わっていたらしい。
ほんの少しの落差だった。
それでも地面の高さを見誤った足は、ガクッとなり体のバランスを崩す。
「あっ」
転ぶ、と思った。
しかしそうはならなかった。
代わりに腕に引力が、上半身がふわりと柔らかい感触で包まれる。
「ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだけど」
「……えっ?!」
まさか抱きしめられるとは思いもよらなくて、一拍遅れで追いついた思考が情けない声を私に上げさせた。
「あっ、すみません!」
慌てて彼女の腕の中から飛び出す。
反射的な行動の後、ほんの一瞬だけ「助けてくれた相手に対して失礼な態度だっただろうか」と心配になったが、キョトンとした彼女がすぐに「それだけ元気なら、足をくじいたりはしていないみたいだね」と言って笑ってくれたので、私も「あ、ありがとうございます……」と言葉を返せた。
「それにしても珍しいね。一年生がこんな日に、わざわざこんな何もない場所に来るなんて」
暗に「迷子?」と尋ねられたのだと気が付いて、私は「あっ、いえ!」と首を横に振る。
「私、『姉』を探していて」
「あー、『姉妹制度』ね。……って、ん?」
私の言い様と腕に付けたカフスから伸びている光を目ざとく見つけて、彼女は納得したように振り向いた。
振り向いたのは、私のカフスの光を目で追ったからで、彼女が首を傾げたのは、おそらくその光が自分の後ろには伸びていなかったからだ。
再び私に向き直り、改めて光の先を目で追う。
そしてそれが自分のシャツの襟、そこに付けているカフスで途切れている事に気が付いて、自分で自分をスッと指さす。
「……私?」
「おそらくは」
「おかしいな。私、『妹』は割り当てられなかったと思うんだけど」
疑問にコテンと首を傾げる。
その表情からは純粋な困惑が見て取れた。
「あの、多分私今日の朝、受付で、『姉』を割り当てられていなかったんです」
「えっ、何で?」
「それは分からないですけど、対応してくれた先生が責任者みたいな人に話に行って、その後先生に『ユーさん』という方が『姉』だと言われて」
言いながら、私はカフスをトントンと軽く叩いた。
カフスはそんな私に応えて、学生証明書を宙に映し出す。
学生証明書には『姉』の欄もあると、あの時先生は言っていた。
だからこれを見せれば、少なくとも彼女が私の『姉』である事は事実だと、分かってくれるのではないかと思った。
私の証明書を見た彼女は、自分の証明書を表示させる。
私にも見えるようにしてくれたそれの『妹』の欄には。やはり「レミリス・センディアーデ」という記載がたしかにあった。
「君が、レミリス?」
「はい」
「ビックリだよ。私のこの欄、前に見た時は『-』しか書いてなかったのに」
「すみません……」
「あ、いや、ごめん。そういう意味じゃなくってね?」
やっぱり私が『妹』では、煩わしいのだろう。
そう思い、気が付けば謝罪を口にしていた。
しかし彼女――ユーさんは、人差し指で頬を掻きながら少し照れたように笑う。
「私に『妹』はいないと思ったから。他の人たちに『お前だけいない』って言われて、その時はまったく気にならなかったんだけど、実際にこうなってみるとさ。なんかちょっと嬉しくて」
「……嬉しい?」
「だって『妹』に色んな事を教えるのは、『姉』の特権でしょ?」
嬉しそうにそう言った彼女に、私は思わず目を見開いた。
そんな事、初めて言われた。
じわじわと、胸の奥からくすぐったさが上がってくる。
何だか気持ちがフワフワとする。
「よろしくね、レミリス!」
そう言って、彼女が手を差し出てきた。
その手に、私もおずおずと手を伸ばす。
そうして触れた手は、柔らかいけど剣ダコのできた令嬢にしては少し武骨すぎるもので。
しかしとても温かくて、ホッとするような優しい手だった。