第5話 『姉』との邂逅
大講堂での入学式が終わり、先生に言われていた通りに移動すれば、既にそれなりの人たちの姿が踊り場にあった。
私たちの着ているローブには特殊な魔法が掛けられており、貰った時には紺地に浮き出るように金色の線が一本描かれている。
進級すると二本、三本とその本数が増えていく。
学園在学は最低二年で、留年したり研究院生になったりすれば、それだけ在学年数も増える……と、アンネルの手記に『上級生《偉そうなクソ》の見分け方』として書かれていた。
それに基づいて考えれば、今この場所には私たち一年生の他に、数人の院生たちがいる。
私たち一二年生を囲むようにして転々と立っている院生たちは、皆カフスから出る光の板のようなものに目を落としていた。
アレに似たものは、入学受付の時に見た。
先生が見せてくれた、カフスの学生証明書。
あのカフスは学生証明書の他に学園からの通達なども見れるらしいから、もしかしたらその類のものを確認しているのかもしれない。
「静まりたまえ」
高圧的な男の人の静かな声が、踊り場全体に響き渡った。
踊り場は、私たちがいる場所・一階の広い空間と、二階へと続く階段。
一階を見下ろせる二階の小さめの空間で構成されている。
声が聞こえてきたのは、二階から。
見上げれば、そこにはこちらを見下ろす切れ長の目の院生が立っていた。
「これから『縁』の魔法を使う。この魔法は、特定の条件に基づく人間を光の線で繋ぐ魔法だ。繋がれた者同士に何かがある訳ではない。通常は騒ぎを起こした犯人を見つけ出したり、不審物の所有者をあぶり出すために使うものだが、今回は『兄弟・姉妹』同士を繋ぐ。魔法の行使後、皆速やかに、自分の片割れを探す事」
彼はそう言うと、スッと手をかざすようにして前に出す。
それを合図にしたかのように、彼からはもちろん、周りに散り散りになっていた他の院生の口からも、魔法行使のための呪文が紡ぎ出され始めた。
詠唱は長い。
それでも乱れる事もなく、同じ速度・同じ抑揚で紡がれるそれに、近くにいた誰かが呟くように「斉唱魔法」と呟いた。
斉唱魔法。
たしか、複数人が声を揃えて詠唱を行う事。
共に一つの魔法を行使する事、だった筈だ。
それを使うためにはかなりの練度が必要な筈だが、流石は院生だというべきか。
魔法は成った。
下からふわりと何かが吹き上げて、腕に着けていたカフスが光る。
それは周りの人たちも同じで、カフスの光は次の瞬間、スーッとその光をどこかへと伸ばした。
「俺たちの光に導かれるままに、自分の『兄』や『姉』を探す事。それが君たちがこれからやるべき事だ」
そう言うと、二階にいた男の人は私たちに興味を失ったかのように、スッと視線を外し歩き去る。
気が付けば、他の院生たちもいなくなっていた。
残されたのは、一年生だけ。
その人たちも、先程の彼の言葉に倣って、光を辿って歩き始める。
――私も、行かないと。
そう思い、改めてカフスに目を落とした。
他の人と同様に、私のカフスからも光の線が出ている。
他の人たちの光は建物構内に伸びているのに、私の光だけ出入口――外へとまっすぐ伸びていた。
私の『姉』は、どうやら外にいるらしい。
どんな人なのだろう。
そんな期待がある一方で、「迷惑をかけてしまわないだろうか」とか「嫌がられないだろうか」という不安もある。
でも。
この光の方向に歩いていけばいいのよね……?
とりあえず、示された方向へと足を向けた。
建物の外に出て、敷地内を歩く。
来た時には余裕がなかったけど、改めて見た学園の敷地内は、見える範囲だけでもとても広く、緑が多く、ゴミも落ち葉も落ちていない。
とてもよく手入れされている。
しかしその美しい景色も、学び舎の美しさを引き立てるための背景でしかない。
そう思えるくらい、先程出た建物は別格に美しかった。
白銀色の美しい城――通称、ミスリル城。
古代の遺物だとも言われているミスリル造りの城であり、聖書に記された神々の時代から在るとも言われている建物。
王の居城に相応しい佇まいながら、建国王・ロドリゲスが「壊れず傷付かない城だなんて、幾ら間違えて爆発させてもビクともしないという事だろう? まるで魔法の修練に使うために、生まれてきたような場所じゃないか」と言った事により、拙い魔法の修練に使う学園として使う事になった……という逸話のある建造物だ。
しかし本当がどうだったのかは、その時代の建国王の周辺臣下のみぞ知る。
当時の家臣が「王の居城がこれに見劣りしては、まったく格好がつかない」と対抗意識を燃やして、今の王城――『翡翠城』を作った……というのもまた同様だけど、現在も様々な貴族や専門家の間で「どちらがより美しい城か」について議論されている事は確かな場所である。
歩きながら、思わず青空が反射する美しい建物に目を奪われていた私は、ブンッという何かが空を切る音で、ハッと我に返った。
その音は、綺麗に整えられた木の四角いトピアリー壁の先から聞こえてきている。
腕のカフスから伸びる光も、同じ方向を指している。
……何の音だろう。
そう思い、木の陰からコッソリと向こう側を覗いた。
私のカフスから伸びる光が、ブンッという音と共に一つ結びのポニーテールが靡かせるその人と繋がっていた。
音の正体は、その人が振っている剣だ。
魔法使いが着るべき二本線の学園のローブを着て、騎士が持つべき剣を振っている。
王国の要所で魔法使いが重用されるこの国で、剣を持つ者は「ただの脳筋」「魔法が使えないから物理に頼る」と侮られている。
しかしその女性は、その現実をまるで感じさせない、煌めく瞳を持つ人だった。