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第4話 初めてのホームルームにて



 一年『新月』クラスの教室は、小さな講堂だった。

 高い天井に、三人がゆったりと座れるほどの長さの机。

 机と同じ長さの椅子が、それに備え付けられている。


 教室に入ると、前の黒板には「時間には着席しておくように」とだけ書かれていた。

 周りから聞こえる話し声から、どうやら席は固定ではないらしいと気が付く。



 どこか、と探して教室の端に誰も座っていない場所を見つけた。

 そこに座り、静かに時を待つ。


 教室内に広がる雑談の声は、少々緊張しているものこそあるけど、友好的なものばかりだ。

 その音が耳に心地いい。


 あの中に入れない事には少し寂しさがあるけど、私に向けられる恐れや侮蔑なんかより、私以外に向けられるこういう空気に触れている方が断然心地いい。

 話しかけてクラスメイトを怖がらせる事も本意ではないし、子どもの頃から私には、友人などできた事がない。

 一人で時を待つのも、慣れている。




 やがて二つ鐘が聞こえ、教室の扉がガチャリと開いた。

 入ってきた人を見て、私は「あっ」と小さく声を上げる。


「あの人は、さっき受付をしてくれた――」

「皆さんこんにちは。私はメオリ・ヴィース、この一年『新月』クラスの担任です」


 言いながら、彼女は白いチョークを手に黒板へと向かう。

 カッカッという音を立てて書かれていく名前を眺めていると、斜め前の席の男子生徒たちからのヒソヒソ声が漏れ聞こえてくる。


「ヴィースって、あの?」

「あぁ。魔法の名門・ヴィース伯爵家だ」


 その名は私も知っていた。

 お祖母様の書庫にあった貴族名鑑を読んだだけだけど、たしかに多くの優秀な魔法師を輩出している有名な家系だ。


 しかし彼らの話し声は、憧れや畏怖を抱いているにしては、あまりにも見下した音をしている。


「中でも二番目は一人だけ平凡な女だからっていうので要職に就けず、独身のままこの学園で教師をしているっていう話だぞ?」

「持たざる者にとって、分不相応の生まれは不幸だよなぁ」


 その声を聞いてある意味で納得する。


 優秀な中で、一人だけ平凡。

 どうやらそれが彼らの嘲笑の種らしい、と。



 でもそれならば、私がレミリス・センディアーデだと分かったら、きっと私も彼らのちょうどいい話題になってしまう。

 私も先生と似たような……いや、下手をすれば彼女以上に分不相応な生まれの持ち主なのだから。


 前の席の彼らから、苦手な従兄と似た雰囲気を感じる。

 その事実に、若干心が沈んだのを自覚していると、ガチャリと教室の扉の開く音がした。


「あら? 貴女は?」

「ノスディア・ミリー。このクラスの生徒」


 現れたのは、少し眠そうな目をした女の子。

 背はおそらく私より少し低く、女子にしては低めの落ち着いた声の持ち主だ。


「もう本鈴は過ぎていますよ? 早く空いている席に座ってください」


 先生に促された彼女は、コクリと頷きグルッと室内を見回した。

 こちらに目を止めると、テクテクと歩いてきて私の隣に座る。 


 それをしっかり見届けてから、メオリ先生は「さて、では改めて」と話を再開した。


「この学園には成績上位者を『満月』に、それ以外を『新月』にクラス分けしていますが、カリキュラムに違いはありません。一年間は同じクラスの仲間です。皆で切磋琢磨して、『満月』クラスにも負けないように、頑張りましょうね!」


 胸の前でギュッと両手を握って告げられた、元気のいい激励の言葉。

 素直に受け取るならこれから始まる学園生活に思いを馳せながら、キラキラとした目で頷くべきところだろう。


 しかし実際にそうしていたのは、クラスの三分の一程度。

 それ以外は皆、半ば諦めたように苦笑するか、苛立ちを露わにする人ばかりだ。



 彼らは先程までの下卑た笑いから一片、嫌そうな顔でチッと舌打ちをする。

 聞こえてきたのは「綺麗事を言いやがって」という、小さな声。

 普通なら失礼な物言いだけど、アンネルの手記に書かれていた事が正しければ、彼らの言う「綺麗事」という言い分も分からなくはない。

 そういう複雑な気持ちが私からも、否応なく苦笑を引き出した。



“俺たちは『新月』クラスに《《振り分けられた時点で》》、既に『満月』クラスに劣った道を歩み始めている。”

 それが手記の言及だ。


 実際にはその後ろに、それに関する不平不満やトラブルなどについての記述が続くのだけど、それは何も学園のシステムに対するものではない。



 たしかに先生の言う通り、カリキュラムに違いはない。

 クラス分けは、単に一人の教師が教える事ができる最大人数の問題上、必要な事だから――というのが学園の言い分だ。


 しかし、それが学園におけるクラス分けのすべてではない。

 アンネルも生徒たちもその辺を指して、不満を抱くし、半ば諦めている。



 そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか、先生は「それでは、この後入学式があります。大講堂へと向かいましょう!」と、これまた元気よく告げた。


 生徒たちは、その声に倣って席を立とうとする。

 しかしその時、思い出したように「あぁそれと」と彼女が言葉を付け足した。


「入学式の後には踊り場で、『兄』『姉』との顔合わせがあります。皆さん、忘れてすぐに教室に帰ってこないように注意してくださいね!」

 



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