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第1話 空気な令嬢の弊害



 私が初めて“魔法”というものに触れたのは、まだ小さな頃である。


 花に水をやるための魔法。

 お祖母様が見せてくれた、用途は地味だけど、太陽にキラキラと輝きながら花壇にだけ降り注ぐ小雨も、空にかかった小さな虹も、とても美しくて。


「お祖母さま、すごい! 私にも教えて!」


 いつも、何でも知っていて、何でも教えてくれた祖母。

 だからこの時もいつものように、聞けばすぐに教えてくれるものだと、ただ漠然と確信していた。



 しかしこの時だけは違った。


「レミリスがもう少し大人になったら、魔法学園に行く事になります。そこでは、この魔法だけではない。多様な魔法を学ぶ事ができるでしょう。……でもそうね」


 少し考えるそぶりを見せたお祖母様は、いつもの柔らかく包み込むような優しい笑顔で、魔法の代わりに一つだけ、魔法使いの心得を教えてくれた。


「魔法はね、魔力という特殊な力によって発現する事ができるの。そして魔力の源は、心」

「心?」

「そうよ。信じる心、誇る心、決意や高潔さ。そういう強い思いが、体の中にある魔力の壺の蓋をより大きく開くための鍵。だからね、レミリス。自分が自分である事を誇りなさい。胸を張って、前を見て、自分がこれまでに積み上げてきた自分を自分で誇れるように。そのための努力を、今から少しずつ積み上げておくの。そうすれば、貴女もきっとすごい魔法使いになれる」


 その声に、その時の私は何の屈託もなく頷いた。



 それは、まだ私が社交場に出る前の事。

 私が周りから『空気令嬢』と呼ばれる前の話である。



 あの時は、自らを誇る事がどれだけ難しい事なのか、まだ知らなかった。


 滅多に家から出なかった私には、友人はおろか、分家の従兄にさえ会った事はなかったから。

 父母の顔を見る事が極端に少ない自覚もなければ、たまに顔を合わせた時に向けられる嫌そうな顔の理由にも、気付いていなかったから。

 どこか怯えたような使用人たちから向けられる目も、心から「使用人とはそういうものなのだ」と思っていたから。



 自分がどんな体質で、そんな体質の私が自分を信じ誇る事が、どれほど難しい事なのか。

 それがよく分かってしまった今、もしあの時と同じ事を問われても、もう同じようには頷けない。





 十五歳。

 正式な社交界デビューを来年に控えた、魔法学園への入学式の日。


 「学園を訪れた新入生は、まず第一に受付を済ませる」という慣例に習っていた私は、幾つかある列の一つに並び、自分の順番を待っていた。


 受付役の大人の「次の方ー、お名前は?」という呼び声に、私の番の到来を悟る。


「センディアーデ辺境伯家のレミリスです」

「うわっ?!」

「えっ?!」


 次の生徒を呼ぶ受付役の視線も、呼ばれて動いた後ろの生徒も、揃って私の方を見た。


 私はずっといた。

 並んでいた。

 しかし私が声を発したこの瞬間に、やっと自分たちの間に私がいる事を知覚したらしい人たちに、私は控えめに苦笑する。



 どこにいても、こんなものだ。

 私は誰にも気付かれない。

 特定の相手に話しかけたり、こうして自分から特定の呼びかけに答えて初めて、周りから『存在する者』として知覚される。


 周りも別に、わざとこんなふうにしている訳ではない。

 そうではないから気味が悪いのだろうけど、中には気が付けなかった事に本気で申し訳なく思う人もいて、そういう人たちを見ると、私もひどく居た堪れなくなる。


 だから普段は、必要以上に自分から周りと関わるような事はしない。

 それでも今回は仕方がなかった。


 魔法学園に入学するにはこの受付が必須であり、魔法は貴族の嗜みに含まれる。

 貴族は例外なく、魔法学園で魔法を学ばなければならない。

 そういう事情がある以上、直系唯一の子どもでありながら、この体質のせいで既に辺境伯家の跡取り候補から外されている私でも、学園に入る必要があるのだ。



 しかし貴族にそういう慣例があり、辺境伯家もまた他貴族の手前、家から“魔法も使えない直系長女”を作り出すという悪評をばら撒かないために、この入学に口を挟まなかった事は、私にとっては幸運だった。


 ――お祖母様のあの魔法を、私もお祖母様みたいに使えるようになりたい。

 この学園に入学できれば、この学園で学ぶ事ができれば、私でもその願いが叶うかもしれないのだから。



 沈黙が数秒の後、受付の人はやっと驚きから我に返った。


 思い出したように手元の名簿に視線を落とし、「えーっと、辺境伯家、辺境伯家……」と、名簿の上に指を滑らせていく。

 

 どうやら名簿は見やすいように、家格順に並んでいるようだった。

 辺境伯家は貴族の中で、公爵家、侯爵家に次ぐ、上級貴族の家格である。


 お陰でどうやら私の名は、早めに見つかったようだった。


「あっ、ありました。レミリス・センディアーデ辺境伯令嬢。クラスは『新月』……ですか。珍しい」


 視線をテーブルの上に落とした事で、受付の彼女の横顔に髪がハラリと落ちた。

 それを耳にかけながら呟やかれたその言葉に乗っていたのは、ただの純粋な疑問である。




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