第17話 魔法は使えるようになる……?
嫌な気持ちにはまったくならなかった。
むしろ「その通りだな」と思って、自分の言葉に反省した。
対してシルビア様は、私をやんわりと庇ってくれる。
「貴女の言う事も間違ってはいないけど、相手に角が立たないようにこういう言い方で相手に断りを入れるのは、貴族の一般的な言い回しなのよ。別に悪い訳でもないわ」
「え? そうなの? それはごめん」
貴族のアレコレとは、よく知らなくて。
眉尻を下げてそう言ったユーお姉様に「もちろんそれも、私は分かっているけどね」と言葉を返している。
対して私はというと。
「い、いえ! ユーお姉様の言葉はまったく以ってその通りです! 実際に私、よくない断り方をしたなと思いました。実際に、私が話す事自体に忌避があるという訳でもないのです!」
「そうなの?」
「はい……」
真っ当に刺さったユーお姉様の言葉は、私の逃げの姿勢を言い当てていた。
なのにお姉様は反省して、私はそれに便乗するなんて。
それこそ卑怯だと思い、本心を告げた。
胸に手を当て、深呼吸をしてギュッと手を握る。
「それ程珍しい事ではないと思うのですが、私には、魔法の才能がないのです」
「ない?」
おそらく我が家の事情を知らないのだろうユー先輩とは違い、シルビア様は不思議そうな顔になる。
「しかしセンディアーデ辺境伯領は、代々魔物と戦う戦闘系魔法使いの家系でしょう?」
「はい。戦闘に参加できるほどの魔法火力や性格ではない者も、魔法は高水準で使えて、皆それぞれ領地のために役立てています。そういう家ですから、学園に入学する前から多少の魔法は練習しできるようになるものなのですが……」
私にはできなかった。
どんなに頑張っても。
同年代の子たちが使えるようになる中、私は最後まで。
「元々私はどういう訳か、そこにいるのに誰にも気付かれない。一個人に話しかけたり触れたりして、初めてその存在を認知させるという妙な体質がありまして。だからそもそも周りから、気味悪がられていたのです。その上、魔法も使えないとなれば」
「なるほど。領地の役に立つ力がない、それが周りとの関係悪化に繋がった、と」
的確に言い当てたシルビア様に、私はコクリと頷いた。
シルビア様は「それは少し大変そうね」と私を気遣う言葉をくれる。
対してユーお姉様は、何故か不思議そうに首を捻った。
「それってそんなに大変な事? 学園に入れば、魔法は使えるようになるじゃん皆」
魔法が使えなくて関係が悪化しているなら、使えるようになれば解決じゃない?
そんなふうに言ってくる。
シルビア様がまた窘めるように「一度曲がった人間関係をまっすぐ正すのは難しいのですよ?」と言ってくれていたけど、私にとってはそんな事はどうでもいい。
「魔法、使えるようになるのですか……?」
思わずそんな声が口から洩れる。
気味の悪い子だと周りから遠巻きにされる事より、魔法で領地の役に立てないからと周りから嘲笑わられ、次期領主としての期待をまったくされない事より、『お祖母様のように魔法が使えない』。
その事が一番悲しかった。
私の言葉に、二人は目をパチクリとさせた。
「使えるようになるよ? 人には誰しも体内で魔力を作る機構があるし」
「魔法が使えるかは才能ではなく技術ですし、学園では魔力を操る術を学びますし」
「でも、私は、その、こんなだし」
私には魔法が使えない。
その原因を、そうと分かった当時に屋敷で調査した。
その結果分かったのは、私が『出力不備』である事。
魔法は一定以上の量の魔力によって発現し、その魔力量、出力量は自認の強さに比例する。
私の『出力不備』は、私の自認の弱さが原因だ。
しかし私の自認の弱さを、自分ではどうにもできなかった。
それはどこにいても、変わらない。
あれだけお祖母様が優しくしてくれたのにも関わらず、生まれなかった自認。
それを今更、何があっても――。
「レミリスの言う『こんな』がどんなかは分からないけど、できるよ、レミリスになら!」
そう言って、彼女はハンカチを握った私の手を、ギュッと力強く手で包み込んでくれる。
それが緊張に冷えた手に、とても温かくて、優しくて。
「じゃあ、試しにちょっとやってみよう!」
「えっ?!」
ニッと笑ったユー先輩に、私は驚きの声を上げた。
「いっ、いいんですか?! 初めての実技授業もまだなのに、勝手にそんな事をしてしまって!」
「学園では、私闘と許可のない製作作業は禁止だけど、魔法を使う事自体は、別に禁止じゃないからね!」
大丈夫だよ、と言ったユーお姉様。
一応シルビア様をチラリと見てみたけど、笑顔で頷かれたので問題ないのだろう。
しかし。
「私、本当にできるかどうか」
「それなら猶更、やってみないと分からないじゃん?」
ダメならまたその時に、どうやったらできるようになるか、考えよう。
そんなふうに言った彼女に、思わず眉尻を下げてしまう。
自信がない。
もしできなくて、ユーお姉様に落胆されたくない。
そんな私の内心を察したのか、後ろに回ったユーお姉様が、背中から抱きしめるような体勢で私の両手に手を添えながら言う。
「レミリスはさ、もう忘れちゃった? 私が『歩く旧学舎』に迎えに行った事」
「ま、まさかそんな!」
そんな訳ない。
そう言いながら振り向くと、耳元近くに寄ってきていた彼女のまっすぐな目と、目が合った。