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第15話 媒介作り



 魔法儀式にはかなり複雑な手順を要するものもあるようだけど、今回行う使魔媒介錬成の儀は難しい手順はまったくない。


 用意された魔方陣の上に媒体と共に立ち、魔法儀式発動の動力である自身の魔力を流し込めば、あとは陣に定義された通りの魔法が発動する。



 今回使う陣には、儀式のすべてが綴られている。

 でなければ魔法をまだ満足に使った事がない者の方が多いような私たち自身で、儀式が行える筈もない。


 もちろんここまで簡単に儀式を行えるようにするためには、この陣の開発それ自体にかなりの年月と労力を割く必要がある。


 今使っている陣の原型は、二百年前の大魔法使いヒルメダで、今使われている改良型は七年前にアンネル――私が盛んに知識を得ているあの手記の書き手がそれぞれ作った。

 アンネルが陣に手を加えたのは、何を隠そう彼がこの使魔媒介錬成の儀を受ける直前で、ちょうど今の私のように初めて大聖堂に来た時だった。


“そこにあった物にちょっーと手を加えただけなのに、『神聖な陣に落書きするなんて』って怒られた”


 そんなふうに書かれていたけど、当時の教師陣はかなり焦っただろう。

 そして落書きだと思っていたものが、現存する陣よりずっと楽に儀式を進められるような加筆になっていると分かった時には、目が飛び出る程驚いただろう。


 実際、手記では呑気な書き様だったけど、魔法歴史系の本には当時の上よ下よの大騒ぎだった事実が克明に記されていて、思わずちょっと笑ってしまった。



「次、レミリスさん」


 メオリ先生に名前を呼ばれ、私はハッと我に返る。


 魔法陣の方に目を向けると、ちょうど一個前に呼ばれた人が陣から出るところだった。

 たしか子爵子息だった筈の彼の手には、金属とまではいかなかったようだけど、丁寧に磨き上げられたツルンとした木造りの杖が握られていた。



 持ち手の端に入った、炎を模したオレンジ色の刻印――彼の媒体だという印が、『メラメラ』と表現して差し支えないような発色の光を淡く放っている。


 先生が生徒を呼び始めて以降、雑踏やたまにコソコソとした話し声が聞こえはするけど、驚いたり慌てたりするような声は一度も聞こえてきていない。

 それも併せて考えれば、彼も含めた全員の儀式が、少なくとも今までは無事に終わっているのだろう。



 ――私は、どうだろうか。

 そう思うと、足がすくみそうになる。


 しかし脳裏に朝のユーお姉様の応援の声が蘇って「大丈夫」と、少し気持ちが持ち直した。



 陣の真ん中に立ち「よろしくお願いします、メオリ先生」と口を開くと、彼女からすれば急に現れたようにでも見えたのだろう。

 少し驚いたような顔になった。


 しかしそれも、一瞬だ。


「では媒体を手に持ってください」


 言われるままに、持ってきた媒体をポケットから出した。



 空色にむらなく染め上げられた、光沢のあるサテン生地のハンカチ。

 ハンカチの端に刻まれている蔓が伝うような緑色の印は、既に輝きを失ってしまっている。


 かつてお祖母様の媒介だったそれは、かつてのお祖母様がお祖母様のお母様から貰ったもの。

 彼女がずっと大切にしてきた、魔法使いとしての半身。


 形見分けで貰ったそのハンカチを、私は今日ここに持ってきた。


「なるべく硬質な、形が定まっている物の方が、媒介としては優秀なのですが……あ、いえ。分かりました」


 他の物でなくてもいいのですか?

 そんな言葉が続くと思っていたのに、続いたのは何やら納得したような声だった。


「それでは、心を落ち着けて。片手に媒介を持ち、もう片方の手を床側に手のひらを向ける形で翳してください」


 言われた通り、左手にハンカチを持ち、右手を翳す。


「では、私に続いて唱えてください。『媒介繋自(けいじ)』」

「――媒介繋自(けいじ)


 瞬間、足元から自身の中身だけを引っ張られたような感覚になった。


 両肩に、急に重力が襲い掛かってきたような。

 両足が地面に強く吸われるような。

 金縛りに遭ったかのような。

 そんな感じが体を襲った。



 しかしそれも、一瞬だ。


 輝いた足元の魔法陣の、レモン色の発光が薄らいだ。

 そうすると、媒介に指定したハンカチが帯びた淡い発光が相対的に目立つ。


 先程の魔法陣と同じ、レモン色の光。

 目の端に捉えたそれに誘われるように視線を左手に落とすと、媒介にしたハンカチの緑の蔦の印に、ちょうど果実でも付けたかのように、レモン色の印が新たに浮き出ていた。


 ゆらゆらと輝くその光は、私の魔力であり、儀式が上手くいった証拠。

 媒介作りに成功したという証である。


 この少し弱弱しい光は、私の魔力が永久に尽きるまで、つまり命を落とすその日まで、もう決して消える事はない。


「お疲れさまでした。では、次の方に場所を空けてあげてください」


 そう言いながら手招きをしてくる先生に従い、素直にそちらに足を運ぶ。

 すると、先生の横をすり抜けた時だ。


「魔法使いは、媒介を『相棒』だと認識し、共に苦楽を共にし思い入れを作る。そうする事で『媒介を通せば、どんな魔法も使えるという自信と信頼』を、自らの中に育んでいきます。ですから元々思い入れがある物を媒介にする事は、媒介選びの一つの最適解なのですよ。自信と信頼を、ゼロから積み上げる必要がないですから。――だから」


 先生の手が、優しく私の方に添えられる。


「貴女がその媒介の持ち主や媒介との記憶に恥じる事のないような、立派な魔法使いになれるよう、祈ります」


 もしかしたら先生は、こういう言葉を生徒一人一人に掛けているのかもしれないし、私の媒介の秘密を察したからこうして声を掛けてくれたのかもしれない。


 しかし、どちらでも些末な差だ。


「はい、先生」


 ――貴女がその媒介の持ち主や媒介との記憶に恥じる事のないような、立派な魔法使いになれるよう。

 その言葉をゆっくりと飲み下す様に、私は密かに、そして確実に心に深く刻んだのだった。





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