第13話 自分を信じられなくても
食事塔で少し急いで朝食を済ませ、学舎塔群からミスリル城に行く道すがら。
ユーお姉様と朝食時に合流したジェイキンス公爵令嬢が、先程私が体験した件について、少しだけ教えてくれた。
「さっきのは『歩く旧学舎』って言ってね。学園にある七不思議の一つなんだよ」
「突然どこにでも現れる小屋に誘われてしまうと、時が止まった無人の学舎に閉じ込められる。そんなふうに言われていますね。『ミスリル城に生徒たちの使った魔法の残滓が悪戯した結果、城周辺の無作為の場所に亜空間に繋がる入り口を作り出す』という説もあれば、『研究に没頭した院生が、時間と空腹を気にせずに研究をし続けるために作った空間である』『その院生は、今もあの亜空間の中で自分の研究に没頭し続けている』という説もあります。実際のところは、分かりませんが」
二人の説明に、私は「そうなんですね」と頷いた。
アンネルの手記に書いてあったからあれの存在は知っていたけど、あれが存在する理由については、知らない話ばかりだ。
あの手記に書いていなかったのは、おそらくそういった仮説の類に、アンネルの興味が向かなかったせいだろう。
手記というだけあって、あの本は彼の経験した事の中でも、心に残った事しか書かれていない。
取るに足らないと思った事や、不平不満さえ抱かなかったような些事は、文字にすらならないのだ。
手記が主観に基づく記録なのは至極当たり前で、その当たり前を貫いている、読む人間への親切心や忖度など微塵もない本が、アンネルの手記なのである。
やはりあれを読んだだけで、すべてを分かったような気になってはいけない。
これからここで私自身が知っていく事は、とても大事だ。
お祖母様が前に「本を読み知識を得るのはいいけど、それが世界のすべてだと思ってはいけないよ」と言っていたけど、正にそれが今のこれなのだろう。
改めて、肝に銘じよう。
前を歩くお姉様たちの背中を見ながら、内心でそんな事を考えた。
「ところで今日、二人は『媒介作り』をするんだよね?」
「はい。初めての魔法授業なので」
私が頷いた隣で、ノスディアさんも無言で頷く。
相変わらずの、眠そうな目。
昨日は昼食の後、私と一緒にユーお姉様に新月寮の中を案内してもらったのだが、かなり無口な人だった。
今日に至っては、私の「おはようございます」に「おはよう」と返した時しか、まだ声を聞いていない。
影が薄い私の事を、他の人みたいに気味悪がったり、気付かなかった度にこちらが申し訳なくなるくらい謝ってきたりしない人みたいではあるみたいだけど……。
どういう人なのだろうか、この人。
そんなふうに思いながら、彼女の横顔を盗み見る。
「何を媒介にするかは、もう決めた?」
「あっ、はい、一応」
振り返ってきたユーお姉様に、慌てて応じながら、反射的にポケットの中に手を入れる。
魔法を使いやすくするために、魔法使いは媒介を使う。
一番魔法を使う難易度が低いのは杖らしいけど、それなりに値が張る代物だ。
上級貴族の子女の大半は杖を親から買ってもらって用意するけど、私は買ってもらえなかった。
代わりの物は、持っている。
ポケットの中で今指先に当たっている、この柔らかな感触の正体がソレだ。
しかし、果たしてそれが私の媒介になってくれるか。
失敗したら、私は媒介を持つ事ができない。
そうなれば、せっかく魔法学園に来たのに、魔法の勉強をする以前の問題だ。
そうしたら私は、お祖母様との約束を果たせなくなる。
怖い。
そうなってしまうのが。
私は私を信じられない。
お祖母様の言う通り、本当に私にも魔法が使えるのか――。
「媒介作り、終わったら私にも見せてね、レミリス! 楽しい事、こっそり教えてあげるから!!」
太陽のような彼女の笑顔に、不安が消し飛んだ。
この人は、私が媒介作りに失敗するだなんてまったく思っていない。
私を信じて、見ていてくれる人がいる。
それがこんなにも心強くて嬉しい事だなんて、知らなかった。
「――はい」
私は、私を信じてくれる人の事を信じよう。
そう思った。
魔法は、自分を信じる心が強ければ強い程、より強力に顕現する。
それはきっと、儀式魔法でも同じだ。