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第12話 光を見つけた



 魔法にも色々と種類がある。


 魔力で物質を生み出すような、一般的に「魔法」とよく知られているような物から、魔法で半人工的に作った生き物まで。

 中には物質に意思を持たせたりする魔法まであるらしく、そういう物は、普段は普通の物に擬態していたりする――というのは、アンネルの手記に書かれていた事だ。


 そう、知識では知っていた。

 しかし知識が、現実とうまく繋がっていなかった。


 だから注意を怠った。

 まさかこんな事になるなんて。



 前日に洗濯物を干す場所としてユーお姉様に案内してもらっていた寮の裏手の小さな庭に、足を運んだ時だった。


「あれ? こんな小屋、あったっけ」


 綺麗に花が咲く花壇の脇に、赤い屋根の小さな建物を見つけた。


 倉庫か何かだろうか。

 そう思いつつ、何の気もなしに扉に手をかける。


 扉が開いた。

 ノブに手をかけただけなのに。


「え……?」


 押しても引いてもいないのに。


 扉の締まりが緩くでもなっていたのだろうか。

 そう思いながら、開いた扉の向こう側に目をやった。



 扉の向こうにあったのは、闇だ。


 一縷の光もない漆黒で、まるで何かよくない物がぽっかりと口を空けて獲物を待っているかのように感じられて。


 ゾクリ、と背中に悪寒が走る。


 これはよくない。

 そう思った瞬間に、その闇が突然私の視界一杯に、グワッと広がり包み込んできた。



 

 目を開いている筈なのに、視界は一面真っ暗だった。



 アンネルの手記の記述を思い出す。

 

“学園には七つの不思議がある。そのうちの一つに『歩く旧学舎』というのがあって、それがかなり面倒な代物だ”


“なんせ突然現れて、こちらの事情など関係なしに自身の中に引きずり込んでくる”


“その中から出るのは、簡単で、難しい。中からは何をしても、どんな魔法を使っても、決して出る事ができない。外から糸を垂らしてもらえればその糸伝いに簡単に出る事ができるが、外からの迎えがなければ決して出られない”


“自慢じゃないが、俺には友人などいない。だから誰も外から糸を垂らさない”


“どん臭い『兄』が俺の行方不明に気が付いたのは、事が起きてから三日後だ”


“あの空間が、体の時間が止まる場所でよかった。でなければ、俺は飲み食いする事もできず、もしかしたらあの中で動かなくなっていたかもしれない”


 一言一句、暗記する程読んでいたのに、何故あの時あの瞬間に、思い出せなかったのか。



 思い出してすぐに扉を閉めれば、もしかしたらこうはならなかったのかもしれないのに。

 そう思いながら、闇の中を歩く。



 少し経ったら目が暗闇に慣れてきて、ここがただの闇ではない事に気が付いた。


 廊下だ。

 扉もあって、その向こうにあるのは教室だ。



 ちょうど昨日初めて行った『新月』クラスの教室と同じような室内で、違うのは電気がついていない事と、窓の外まで暗い事。

 そして一人も人がいない事だった。


 歩いても歩いても、突き当りにたどり着かない廊下。

 それが空間がチューブのように繋がっていて、同じ場所をグルグルと回っているだけなのか、それとも別の場所なのか。

 最初にいたのがどこなのか、今いるのは一体どこなのか。

 何一つとして分からなくなって、進むのも戻るのも怖くなって。


 たまたまそれに耐えられなくなった時に開けた扉から、教室内に足を踏み入れて部屋の隅に蹲る。



 背中と体の片側を壁に付ければ、どこにいるか分からない自分がどこかの角には確実にいるのだと自覚できて、ほんの少しだけホッとした。


 それでも、ここから抜け出せないという事実は変わらない。


 アンネルは「どれだけ試してみても、魔法じゃあどうにもならなかった」と手記に書いていたが、私に魔法はまだ使えない。

 試してみる事すらできなくて。



“外から糸を垂らしてもらえれば”


 そんな言葉を思い出す。



 無理だ、そんなの。

 アンネルと同じで、私に友達なんて呼べる人はいない。


 彼は数日後に助けの糸を見つけられたようだけど、私は目の前にいるのに気付かれないような、見えている筈なのに知覚されないような、空気のように影の薄い人間だ。



 皆、私が特定の人物に声を掛けたり、触れたりすれば私に気が付く。

 しかし不特定多数への呼びかけや、ただそこにいるだけでは気付けない。


 どうやら相手からは、私がそういう言動をした瞬間に、まるで突然目の前に現れたかのように思えるらしい。



 その感覚を「気持ち悪い」と、お母様は言って怖がった。

 父は、「存在感の乏しい娘は社交場に出ても周りに影響力を持つという、女に必要な社交はできない」見限った。

 

 そんな人間の不在に、一体誰が気が付いて、助けに来てくれるというのか。



 膝を抱えて一人、小さくなる。

 

「……お祖母様」


 かつて私を助けに来てくれていた、唯一の人をか細い声で呼ぶ。


 応答はない。

 当たり前だ。

 彼女は天寿を全うし、もうこの世にはいないのだから。


「誰か……」


 助けて。


 そんな言葉さえ、最後まで言えずに闇に溶ける。


 絶望のようなこの闇の中に、もしかしたら私もこのまま溶けて、なくなってしまうのかもしれない。

 そんな諦めのような、もしくは「このまま永遠に助けを待つ絶望を味わうくらいなら」という願望のような気持ちで、思った時だった。



 突然部屋全体が揺れた。


 天井が、ガラガラと崩れる。

 そこから光が差し込んで、糸にしては太すぎる光の柱ができる。



 いつの間にか涙に濡れていた顔を上げれば、どれだけの数の天井をぶち抜いたのか。

 幾重もの天井が、軒並み穴開きの瓦礫と化していた。


 差し込んでくる光が眩しくて、目が眩みそうで。

 それでも目を逸らさなかったのは、その向こう側でポニーテールが揺れたからだ。

 

「レミリス、いたね!」

「ユーお姉様」

「時間になっても来ないから、寝坊かなと思って部屋に行ったらさ、部屋にもいなくて、『もしかして』って」

「何故……」


 何故気が付いたのか。

 何故来てくれたのか。


 呆けたように名を呼んだ後、そんな問いが口の中で滑る。


 それでも彼女は私の問いに、一つの明確な答えをくれた。


「迷子になった『妹』を一番に探し当てて迎えに来るのは、『姉』の特権だからね!」


 何故か嬉しそうなその笑顔と伸ばされた手の暖かさに、私は「きっともう一人じゃない」と、生まれて初めて信じる事ができたような気がした。




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