第11話 初めての学園の朝
目が覚めると、そこにあったのは見知らぬ天井だった。
どこからか小鳥のさえずりが聞こえる中、ほんの一瞬脳内にクエスチョンマークが浮かんだが、すぐに思い出す。
そうだった。
王都の学園に入学したのだ。
窓からは朝日が差し込んでいる。
今日も天気がよさそうだ。
学園で初めて授業を受ける日としては、上等なのではないだろうか。
そんな事を思いながら、実家にあった物と比べると随分と小さくて硬いベッドからよいしょと上半身を起こす。
学園に在学している生徒は、一部の例外を除いて学園内の寮で生活をするという決まりがある。
その際、院生は一人一部屋、満月寮・新月寮の生徒は二人一部屋が、それぞれ学園から割り当てられる。
私たちはそこで寝泊まりをする事になるのだが、持ち込み物に規制はない。
周りの邪魔にならない程度という不文律はあるものの、『学園内では制服ローブを着用する事』『教師と学生以外の人間は、特定の日以外敷地に内に入る事が許されない』という規定にさえ従えば、問題ない。
故に、生徒や生徒を入学させている貴族家の一部は、学生の中から使用人の仕事をする者を雇用し、その者に学園内の生活を補助させたりする。
他にもローブの下に着る服や、宝飾品を持ち込んだりする。
その内の一つでよく貴族がするのが、家具類の持ち込みだ――というのは、昨日の昼食後、ユーお姉様が私たちの寝泊まりする場所・新月寮の案内をしてくれた時に、一緒に教えてくれた話だ。
特に上級貴族などは、特に身の回りの物に拘っているらしい。
どうやらジェイキンス公爵令嬢の部屋にも見るからに高そうなベッドや小物類が調度品の類が置いてあるらしく、「同じ間取りの部屋だと言っても、ビックリするくらいこことは別物だよ」と笑いながら言っていた。
『上級貴族は』と括るのなら、私の生家である辺境伯家も正にソレである。
身の回りの物に気を使って然るべき、そういう物を多く持ち込んで然るべきなのだろう。
しかし私が今日起きたベッドは、寮に備え付けられたものだ。
天蓋もなければ、彫刻もない。
寝返りを打てば、床に落ちる可能性がそれなりにある程度には面積も狭く、布団も決していつも通りではない。
辺境伯家の直系血族の一人っ子でありながら次期当主の座を欠片ほども期待されていない私でも、一応屋敷で過ごしている時には、辺境伯家の子に相応しい衣食住の中で過ごしていた。
しかしそれは、あくまでも屋敷内だけの話である。
屋敷から離れた私のところに屋敷で使っていたようなベッドを始めとする身の回りの物を運び入れるよう手配をする程、あの家の人たちは私に興味がない。
――もしかしたら、あまりに影が薄すぎて今年私が学園に入学する年だった事を、失念していた可能性はあるけど。
それはそれで、何というかまぁ。
残念な事に越した事はない。
まぁいいのだ、別に。
私はこの学園に、上級貴族家の令嬢として来たのではない。
魔法を学ぶ一生徒として来た。
魔法を学ぶために、上等なベッドは必要ない。
ほんの少しだけ「慣れない場所・慣れない布団では十分な睡眠が取れないのではないか」と不安に思っていたけれど、昨日は思いの外ぐっすりと眠れた。
体も殆ど痛くないので、おそらく支障はないだろう。
時計を見ると、時刻は午前六時半を少し過ぎたところ。
食事塔が開くのが七時半からで、授業の始業は八時半だ。
普通の上級貴族なら、世話役の下級貴族を雇ったりして朝の準備を手伝ってもらうのだろうけど、私にそんな人はいない。
屋敷ではメイドに身の回りの準備をやってもらっていたけど、今日からは自分でする必要がある。
起きるには少し早いけど、自分で自分の事をやる初めての日だし、早めに準備をし始めてもいいよね。
そう思い、おそらくまだ寝ているのだろう、こんもりとしているもう一つのベッドの主を起こさないように、静かにベッドから立ち上がった。
家から持ってきた飾りの少ないワンピースを、モソモソと頭から被って着る。
後ろにチャックが付いているタイプのものではなく、自分一人で着るのに困らない、前をボタンで止めるタイプの服だ。
それでも普段、滅多に自分でボタンを掛けたりもしなかったので、ボタンを四つ止めるだけなのに、少しモタモタとしてしまった。
それでもどうにかちゃんと着終えて、その上から制服のローブを身に着ける。
装飾品の類は一つも付けない。
辺境伯令嬢としては、もしかしたら身だしなみ上あまりよくないのかもしれないけど、今日から魔法の授業が始まるのだ。
万が一にも魔法を使う時に、邪魔になってしまってはいけない。
服を着たら、静かに部屋を出た。
向かったのはお風呂場で、そこの脱衣所に洗面台がある。
まだ少し早い時間だからだろう。
他の人の姿はなかった。
顔を洗い、洗面所の椅子に座って髪を整える。
寝ぐせが付いていなくて、よかった。
櫛で簡単に整えて、髪はいつも通りのハーフアップにすべく、人知れず奮闘する。
三度目の正直で及第点の出来の髪結いができて、チラリと壁掛け時計に目をやれば、時刻はまだ七時前だった。
間に合った、と思いながら脱衣所を出てゆっくりと廊下を歩く。
食事塔が開く七時半に、ユーお姉様との約束がある。
それまでにはまだ時間があった。
一瞬だけ一度部屋に戻る事も考えたけど、私一人の部屋ではない。
戻ったところで、まだ寝ている同居人を起こしてしまっては可哀想だ。
顔を洗って、目も覚めた。
――少しだけ、朝の散歩をしてみるのもいいかもしれない。
屋敷にいた時は、お祖母様の薬草園を朝の散歩ルートにしていたけど、せっかくの新しい環境だ。
まだ見ていない所の方が多いような場所である。
そういう一種の探検じみた散歩もたまにはいいのではないか。
そんなふうに思った私は、行く当てを決めず、少し寮内やその周りを、歩いてみようと考えた。
結果から言えば、それは軽率な行動だった。
私は忘れていたのである。
ここが魔法を学ぶ学園だという事を。