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第10話 ジェイキンス公爵令嬢の『妹』



 頭にクエスチョンマークを浮かべながらまっすぐに見返してきたその視線が、どこか恥ずかしくてすぐに目を逸らしたけど、そうして俯いた私の目の先に、自分の手を見つけて笑みが零れる。


「ユーさんは、こんな私にも隔てなく優しくしてくれます。“『妹』に色んな事を教えるのは、『姉』の特権だ”と、何の躊躇いもなく言ってくれました。何も知らない私の手を引いて、楽しそうにしてくれました」


 この人は、私を見つけてくれる人だ。


 単に私がそこにいる事に、気が付いてくれるだけ。

 だけど他の人にとってのその『普通』が、私にとっては何よりも貴重で、嬉しい事で。


「そんな人、他にはいないと思うから」


 もしかしたらこの気持ちは、依存にも近い、よくない執着の欠片なのかもしれない。

 すがる事ができる相手を見つけて、手放したくないのかも。


 そうだとしたら、彼女に失礼だ。

 申し訳なく思う。

 でも。


「ユーさんの事を、知りたいです。ユーさんは“『妹』に色んな事を教えるのは、『姉』の特権だ”と言いましたが、それなら多分“『姉』の事を一番近くで見て知る特権は、『妹』にあるのではないか”と思うから」


 視線の先の手をギュッと握る。


「ユーさんが、その、嫌でないなら、私はユーさんの『妹』がいい、です」


 なけなしの勇気を振り絞った私に、ジェイキンス公爵令嬢は「ふーん?」と言い、ユーさんの肩にポンと手を乗せた。


「よかったわ。ユーを虐めるような子じゃなくって」

「私、黙って虐められるような性格してないよ?」

「まぁそれはたしかにそうでしょうけど」


 クスクスと笑ったジェイキンス公爵令嬢は、「あぁそうだ」と言ってこちらを向き直る。


「『姉』の事を知りたいという事でしたから、一ついい事を教えてあげましょう。ユーはね、実は密かに……『妹』に“お姉様”と呼んでもらえる事を夢見ているのですよ!」

「ちょっと、シルビア!」


 揶揄い交じりの彼女の声に、ユーさんが顔を真っ赤にして、悲鳴のような声を上げる。


 そんな彼女を前にして、私は思わず目をパチクリとさせた。


 これまでの彼女は、強い笑顔とサッパリとしたカッコよさの象徴のような人のように見えていた。

 しかし今の彼女は、可愛い。


 上級生にこんな事を思うのはもしかしたら失礼かもしれないけど、偽らざる本心を述べるなら、おそらくこの言葉が最適だ。


「えっと、ユー、お姉様……?」

「うぐっ」


 ユーお姉様の喉から、妙な声が出た。


 数秒の後、大きく息を吸い、深く吐いて、頬を人差し指で掻く。


「慣れない響きだけど、その、悪くはないかな」


 ユーお姉様は、実は照れ屋さんな側面もあるらしい。


「別にそんなに照れなくても。他にもそういうふうに呼ばせている『姉』はいるし。私もその一人なのだから。ねぇ? ノスディー?」

「はい。シルビアお姉様」


 彼女が後ろに声をかけ、後ろの女子生徒が淡々と応じる。



 一本線のローブを着た、少し眠そうな目をした女の子だ。

 背はおそらく私より少し低く、声も少し低めの落ち着いた音で――って、あれ?

 この子。


「ノスディア・ミリー伯爵令嬢?」


 今日の朝、クラス教室に遅れて到着し、私の隣に座った女生徒。

 おそらくそれが、彼女である。



「誰?」

「クラスメイトです。本日お隣の席だった」

「……そう?」


 小首を傾げたノスディアさんからは、「心当たりはまるでない」という心が透けて見えるようだ。



 新鮮だ。

 これまで悪気も悪意もなかった人たちは皆、私に気付かなかった時、決まって気まずそうな、申し訳なさそうな顔をした。

 それがこちらも申し訳なくて、居心地の悪い思いをしていたけど。


 ――彼女は気付かなかった事に、負い目をまったく感じていないのだな。

 それが私には、清々しく思えた。


「あっ、そういえばこの後だけど」


 羞恥から立ち直ったのか、食事を平らげたユーお姉様に問われる。


「『満月』と『新月』の宿舎塔は、学園が平等を謳っているだけあって、元々の間取りや設備はまったくの同じなんだけど……見てみる?」

「えっ」

「シルビアが『満月』だから、頼めば入れてもらえるよ? 姉様は今年から院生だったから、そっちも頼めば多分」


 伝手はある!

 サラリとそう言ったユーお姉様に、私は慌ててブンブンと首を横に振る。


「だっ、大丈夫です! その、あっ! いきなり全部紹介されても覚えられないと思うし!」

「そう?」


 本当はそんな理由ではない。


 ……まぁたしかに「覚えきれない」というのも理由にはできるのだろうけど、それ以上に『新月』クラスの私が『満月』クラスの寮に足を運んで、いい事が起きる気がまったくしない。



 目の前の彼女――ジェイキンス公爵令嬢は違うようだが、『満月』クラスの生徒の中にはそれを誇りに思うあまりに『新月』クラスの生徒を見下しているような人もいるように思う。


 先程のベイザス卿がそのいい例だ。

 そんなところに入学早々に足を踏み入れ、妙な覚えられ方をしたくない。

 ……いや、私に関しては、終始そこにいる事を気付かれない可能性は大いにあるけど。


「じゃあまた今度にしようか」


 少し残念そうにしながらも、私の意見を聞いてくれたユーお姉様にホッとする。

 

 裏表がなく優しい人だし、サッパリとしたかっこいい人だけど、良くも悪くも周りの目に無頓着なのが玉に瑕。

 また一つお姉様の事を知れた私は、ほんの少しだけ「適当に相槌を打ったら最後、大変な事になるかもしれない。気を付けよう」と肝に銘じたのだった。




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