第10話 襖の向こう
部活を終えた、俺は家に帰って自室で過ごしていた。どうやらソフトボール部はまだ練習をしているらしく、奏は帰ってきていない。俺は使い古したラジカセでラジオを聴きながら、夏休みの宿題をこなしていた。
こんな離れの部屋でもきちんとエアコンが設置されており、夏でもまったく暑くない。それどころが効きすぎて寒いくらいだ。あとは俺の部屋にも冷蔵庫が欲しいが、引っ越してきたばかりでそんな贅沢は言うまい。
「ふあ〜あ……」
ずっと文机に向かっていたので、思い切り伸びをする。少し眠くなってきたな。今日の分のノルマはだいたい終わったし、ここらへんで昼寝でもしようか。夏の日、エアコンのよく効いた部屋でスヤスヤと眠る。これほど幸せなこともないだろう。
「よいしょ……」
部屋にあった座布団を枕がわりにしつつ、畳の上に寝転がって目を閉じた。うーん、眠気が……
***
「……ちょっと、直らないの!?」
「業者の方は明日でないと来られないそうで……」
……なんだか部屋の外が騒がしく、せっかく眠っていたのに目を覚ましてしまった。帰ってきたらしいが、安藤さんと何か話しているみたいだ。ただごとではないみたいだが、なんだろう。俺はゆっくりと身体を起こして、廊下に向かって歩き出す。
「あのー、何かあったの?」
襖を開けて廊下に出ると、二人がこちらに振り向いた。安藤さんは困った顔をしており、一方の奏はジャージ姿で、部活から帰ってきたばかりのようである。
「ああ、陽翔さま。実は……」
「私の部屋のエアコン! 壊れたの!」
「はっ?」
奏は自分の部屋の方を指さし、眉間にしわを寄せていた。その左手にはエアコンのリモコン。きっと何度も操作を試みたがうまくいかなかったのだろう。
「壊れたって、動かないのか?」
「何回も試してるんだけど全然反応しないの! リモコンの電池も入れ替えてみたけど、全然駄目みたい……」
「そりゃ壊れてるな」
この暑い日にエアコンが使えないというのは地獄送りも同然である。さっき聞こえてきた話から察するに、きっと修理の業者が明日でないと来られないのだろう。……つまり、このままでは奏は明日まで蒸し風呂状態というわけか。
「安藤さん、なんとかならないんですか?」
「母屋の方にも空き部屋はございますが、お布団なんか運ばないといけませんし……」
「そうですかあ……」
「……」
奏はリモコンのボタンを必死に何度も押していたが、依然としてエアコンが動く気配はないようだった。困ったなあ。俺の部屋のエアコンは元気よく動いているのに……。
「あっ、お嬢様。提案があるのですが」
「どうしたの?」
その時、安藤さんが何かをひらめいたような顔で俺の部屋を覗きこんだ。そして何を言い出すのかと思えば、安藤さんはとんでもないことを口にしたのである。
「陽翔さまの部屋のエアコンを全開にして、お二方の部屋の間の襖を開け放してはいかがでございましょう?」
「えっ?」
「はっ?」
俺と奏は顔を見合わせる。それって、つまり――
「ははは、はるくんに見られながら過ごせってことーっ!!??」
顔を真っ赤にした奏が、安藤さんに向かって声を張り上げていた。




