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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十五章:カチコミの時間じゃい!

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693.な、なに……?どうなってんの……?

〈避けるな魔女ォッ!〉

「そうは言ってもネエ……」


 火かき棒が横に振られて炎が一斉に燃え広がる。

 “最悪最底ワーストランカー”、零負遠照は影に潜って別の影から現れる。


「どうしようカナー?それで燃やされても死なないって言うなら、それでも良いんだけどナー……」

〈フン!そんな事を言って、私の炎に捕まりたくないのがバレバレだぞ!〉


 “夜叉プリースト”が生んだ炎を、“提婆キャメル”の眷属達が体表に纏い着て、遠照を囲うように延焼させていく。


 そいつが出す火は、舞台の背景や中世の絵画に描かれる姿そっくりであり、明らかに異質な存在感を放つ。


 遠照は強化した手足で“提婆キャメル”の火を払い消しているが、“夜叉プリースト”の火に触れられそうになると、影を経由して大きく避ける。


〈ほうら見ろ!貴様は魔女だ!〉

「ボクは魔女ってガラじゃあないけど」

〈嘘をつけ!魔女でないなら!我が裁きの炎を恐れぬ!何故ならそれは、罪に塗れた魂であるほど、よりはげしく罰するものなのだから!〉


 “夜叉プリースト”のローカル、「自分の胸に聞いてみよ」。

 それは「人が人を罰する」という狂気の物語。


 そいつの炎は、罪の無い者を焼かない。

 逆に業が深い者ほど、強い火力で焼かれてしまう。


〈貴様が魔女でないのなら!貴様が無実であるのなら!炎は貴様を許すだろう!決して傷つけはしないだろう!〉


 地が火かき棒の後端で叩かれる。

 風が吹いたように炎が揺らぎ、その勢いを尚も増す。


〈だが見よ!それらは貴様を求めている!貴様の血肉を燃やせる時を、今か今かと待ち焦がれている!貴様が燃えるべき者だという、何よりの証拠が提示された!〉


 火は“夜叉プリースト”を包むが、そいつのことを傷つけない。

 だが遠照がそいつを倒す為に触れれば、その身を瞬く間に嘗め尽くすだろう。


〈それを否定するなら、証明して見せよ!罪の無い者にとっては何の危険もありはしない試練!躊躇ためらう理由がどこにある!〉


 燃えれば魔女。

 燃えなければ無実。

 

 では、そいつが言う「魔女」とはなんだ?

 悪とは一体なんのことなのか?




 その答えは、無い。

 



 ただそいつの気分。

 そいつだけの基準。


 そいつはill(イリーガル)として人を襲った経験もある。

 その炎で甚振いたぶって殺したことだってある。


 だが炎は、彼を襲わない。

 それを罪だと、心の片隅で考えすらしていないから。


 強いて言うなら、罪悪感だ。

 その火を前にして、それが「罪を焼く」と聞いて、自分の中で心当たりを見つけてしまう。


 その時の後ろめたさ、その感情が魔学的に増幅され、炎にべる薪となる。

 逆に思い当たる節が無ければ、火は単なる書き割と同じ。

 ホログラムみたいな見掛け倒し。


 「お前には罪があるだろう?」、

 ほとんどの人間が否定しきれない感情によって、“燃焼”という現象を起こさせる、一種の催眠めいた手法。


 “世界正義ミスター・ディターラント”の魔法と似た原理。

 罪人を燃やしているのは、その者自身が持つ魔学的エネルギー。


  “向こう側”で増幅された「罪悪感」を、“火刑”として“こちら側”に引き出させる。一度「火を点けられた」と思ってしまったが最後、その者の物語の中に「罪の意識」が植え付けられ、見合った罰が与えられる。


 “夜叉プリースト”は、そんなもので全身を守っている。

 それによって、直接の至近戦闘を完全に拒否している。


 あとは“提婆キャメル”のA型に大量のモンスターを生ませ、物量と火力で制圧するだけ。


「なるほど、キミはキミが正しいって、だから安全だって、そう思っているわけだネ……」

〈言うまでもないこと!これがその証拠!〉


 “夜叉プリースト”は両腕を大きく広げ、決して自らを傷つけない火を、自慢げだと分かるくらいに見せつける。


〈貴様が正しいと言うなら、私と同じ域にのぼってこい!罪無きことを証明できなければ、まったく話にならないぞ!〉

「罪無きことを、か」

 

 それは無理な相談だと、遠照は苦笑した。


 どうやら、燃やされることが確定したらしい。


「まあ、この後を占ってみるのもいいカナ。ゲン担ぎみたいなものだけど」


 三葉虫の柱やキメラ生物の骨格が距離を詰め、ただの火炎に紛れて裁きの業火が伸びきたる。


 遠照はそれをひらりと避けて〈掛かったな!既に貴様は試されているのだ!〉


 “提婆キャメル”の炎が不規則に飛び火することで、目くらましとなっていた。

 “夜叉プリースト”の業火は、その燃え方が秩序立っており、とある図形を描き出していたのだ。


 六芒星魔法陣を。


〈ぐふふ……っ!貴様は、燃えるんだ……ッ!グケケケケ……ッ!〉


 魔法陣の中心に立っていた遠照は強制的に効果を適用される。

 その身から紙に描いたような火がともる。


〈燃えて……っ!罰を受け……っ!ああ~、よきぃ~……!良くなるぅ~……!全ては良くなるのだぁ~……っ!〉


 とうとう悪を捕まえたことで、“夜叉プリースト”は恍惚とえつひたっていた。

 罪人を焼く火が悲鳴と共に弾ける音。糞尿と焦げが混じった臭い。間近で感じる熱気。

 

〈ああ!よき!これぞ良きことの感触!世界がまた一つ清らかになったという実感!これに勝る快は無い!〉


 遠照への審判は、すぐに下された!


〈……はっ?〉


 そいつの目の前に、ぎっしりと書き割の炎が並んだ。

 いや、前だけではない。

 横にも後ろにも上にも下にも、そいつの全身が、囲まれている。


 それが大きな炎に包まれている状態だと、5秒掛けてやっと理解した。


〈うおっ、火力つよ……っ!?〉


 “夜叉プリースト”が燃えているのではない。

 巻き込まれたのだ。


 ここまでの、爆発クラスの膨張は、初めて見た。

 隙間なく覆うどころか、燃焼の範囲がその身体の体積を軽々と超えて、その上端は天をくほどである。


 一体どれだけの罪を犯せば、これほどの火をおこせるのだろうか。


〈お……っ、おっ、おっ、おぉ……っ!これは、思わぬ収穫……!これほどの大罪人を消すことが出来るなんて、世界は大きく清浄な状態へと歩を進め——〉




〈“仇命医サージョン・イン・ハイ・ダジョン”、そう呼ばれている浅級ダンジョンがある〉




 炎の中から、聞こえる筈の無い声が届いた。


〈ローカルは、『注意一秒怪我一生』。かすり傷であっても、傷への追い打ちは大幅に強化される——〉


——という内容だと思われている


 “夜叉プリースト”はそれが途絶えるのを、今か今かと待っていた。


 あと1秒、あと半秒、あとコンマ1秒。

 それで終わる筈だ。尽きる筈なのだ。


 この炎の中で、生きていられるわけがないのだ。


〈だけど、それは勘違いなんだ。あのダンジョンの本質は、『攻撃』じゃあなくて、『治療』なんだよ〉

 

 だが、話はいつまでも続く。

 何秒も、何十秒も、そいつの息吹は止まらない。


〈あのダンジョンの元となった物語は、医療事故を起こしまくった医者だとか、そういったところだろうネ。治そうとして、腕が悪いから悪化させるんだ。或いは、原状とは違う形に“治して”しまう〉

 

 炎の幕を幾つも開いて、その男は現れた。

 男?それは、男なのか?

 と言うか、人間なのか?


 その外見を、どう表現するべきか。

 至近から火に照らされ影になっているのか、炭化して煤を被っているのか、真っ黒なそいつの姿を、“夜叉プリースト”は捉えきれない。


〈おまえ……っ!?なんだ、それ……っ!?〉

〈いやあ、耐火性能を仕込んでおいたのは、我ながらナイスな判断だったナア〉


 「お蔭でこれを耐えられた」、

 そう言いながら前に出した右手の指を、ピアノでも弾くようにグネグネと動かして、


 その手元からキラリと小さく細い煌めきが発された。


 


 次の瞬間、“夜叉プリースト”はバラバラにされていた。




〈えゃっ?〉


 何が起こったのか、まるで分からないそいつに、遠照は最低限だけ告げてやる。


〈「うらみ晴らさでおくべきか」、だよ。あれだけ派手に燃やされたからネェ。そりゃあこっちの切れ味も鋭くなるってものさ〉


 “夜叉プリースト”は運良く斬られなかったコアを安全な場所に運ぼうとする。

 近くのモンスター達も、そいつを助けようと押し寄せる。


 覆い隠すように上から大量の砂が被せられ、光が届かず全てが黒くなった空間で、




 コアが一部の砂粒達から攻撃される。




〈なあ……っ!?なんっ、なんで……っ!?〉


 全く分からない。


 “最悪最底ワーストランカー”の能力は、かつては鏡に関係するものだと言われていたが、1年前に影に関する能力だと判明した、という話は“夜叉プリースト”も聞くところである。


 では、これはなんだ?

 今、何を喰らっているんだ?


 そいつを襲った砂粒は、他の者と同じように、発火能力を持っている。

 “夜叉プリースト”の火とは違う、触れたものを燃やすだけの火を。


〈ヒ……ッ!火だ……っ!火が……っ!〉


 再生成していた肉体が燃やされ、破壊されていく。


〈い、いやだ……っ!火はいやだ……っ!火刑はいやだ……っ!〉


 コアがあぶられ、砂粒が表面を少しずつ削る。


〈燃えたら……っ!燃えたら天国に……っ!〉

「安心しなよ。『善人なら燃えない』、でしょ?」


 遠照の体を苛む大火が鎮まり、彼の姿は元に戻っていた。

 炎に苦しむコアを、ただ見下ろしていた。


〈ま、魔女……!いや、悪魔……っ!悪魔め……っ!〉

「お互い様でしょ?それに、キミのコアはまだ破壊されないさ。このダンジョンは——」


 そこまで言ったところで彼は影の中に潜る。

 直後に周囲一帯が白い閃光に包まれて爆滅!


「逃がしましたか…っ!」


 目的の分からない危険人物をill(イリーガル)ごと焼尽せんとしたアインだったが、すんでのところで安全地帯に籠られた!


『まったく、乱暴だナア……』

「なんの。僕などまだまだです。あなたには負けますよ」


 どこかから響く遠照の声に、アインは油断なく構えながら皮肉を返す。


 実際、そのマイナスランクテロリストがこれまでやって来た数々の悪事を見れば、今回もロクな狙いを持っていないだろうと考えるのは、自然な推論であると言えるだろう。


 アインをここまで運び、強敵の一体をある程度釘付けにした時点で、そいつの役目はもう終わっている。殺すなら今が最適だった。


『まあ、別に良いさ。キミがそれで良いなら、ボクは構わない』

「妙に含みを持たせますね。何か思うところでも?」

『だからサア、現状で思う所があるとしたら、キミの方だって言ってるんだヨ』


 のらりくらりと躱しながら、結論を外からなぞるように話す遠照。

 

 業を煮やしたアインが、ススムに加勢しようと10層への道を歩み出したところで、




『君は、ボクの相手をしている暇、無いんじゃないカナア……?』




 彼は最悪の“ジョーク”をかました。

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