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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第二十五章:カチコミの時間じゃい!

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690.安全意識は大事だねって話だったのに、感知を拒むのは違うじゃん

 ill(イリーガル)モンスター“盲虎イミテイター”という物語は、安全マニュアルに刻み込まれた流血である。

 

 とあるガス燃料は色も無く、味も臭いも持たないものだった。

 人を不快にさせないという意味では良いのかもしれないが、それが可燃物であれば話が変わってくる。


 それがガス管から漏れ、建物のフロア全体に溜まってしまった事例では、学校一つが丸々消失するほどの甚大な爆発事故へと発展している。


 それが起こる以前、生徒が体調不良を訴える事例も多発していたが、誰もガスを吸い込んだせいだとは思わなかった。

 吸った本人、人体でさえ、気付いていないのだ。


 生理的嫌悪を催す臭いがガス燃料に意図的に付加されたのは、数百人の未成年が派手に吹き飛んだ反省からである。


 “盲虎イミテイター”とは、「そこに確かにあるのに見ることが出来ない危険」への恐れ。

 見つけられなかったリスクが牙を剥いた時の驚愕。

 

 人間の身体は危険察知センサーとして優秀である。

 けれど決して、完璧ではない。


 彼らの主観は飽くまで能力で見れる範囲内のこと。

 直感が安全と言っていても、何の動物的な勘が働かなくとも、大惨事クラスの危険がすぐ近くに待っていることだって、時にはあり得ることなのだ。


 怪談の中で、霊感を持たない人間が、不用意に祟りの中心に留まってしまうように、

 人はふと、死地のど真ん中で呑気している自分を見つける時がある。


 そして大抵、気付いた時はもうどうしようもない状態か、事が起こった後。


 自らの見ている世界が絶対ではないなんて、痛みによって覚えられたら上等な方。

 最悪の場合、未来の誰かに学ばせる教訓として、痛みすら感じられない過去となるだけ。

 

 “盲虎イミテイター”は思い出させ続ける。

 最も危険な状態とは、自分が今危険の中に居ると分かっていないこと。

 そしてそれは、人間の常態でもあるのだと。


 


 そいつの魔力、魔法は、元から不可視なわけではない。

 色も臭いも持っている。


 ただ、可変式である。


 戦っている相手や周囲の環境によって、ディーパーが感知する気配、つまり魔力の色すら変わる能力。

 そういうものが、稀に存在する。


 代表的なものは、ロベ・プルミエルに発現した“単一にして不可分レトール・シュープレーム”。

 それは周囲の「戦士」の力を完全にコピーする。

 使い手は同じであるのに、時と場合で全く異なる魔力を見せるのだ。

 

 “盲虎イミテイター”の場合、微にさいを穿って、緻密に “化ける”。

 その色で背景を描き、匂いも完全に模倣する。

 触れられそうになっても、相手の動きで起こった気流に擬態し、避けていく。


 そこに在るのに、無いフリをする。


 そしてそれは、単なる魔法能力ではない。

 そいつの物語が強いるルール。

 ローカルだ。


「魔力が……!」


 解呪を試みた詠訵のリボン、その先端がさんじていく。

 

「末端から、見えなく……感じられなくなってる……!」


 見えないもの、触れないものは、コントロールできない。

 自分からの働きかけでどのように反応したのか、或いはしていないのか、それすら分からないからだ。


「私の魔力じゃなくなっていきます……!相手の魔力に触れたとしても、これじゃあ気付くことが出来ません……!」

「こっちも同じだ……!」

 

 ニークトの眷属である狼達が、鎧から生まれてすぐ融解された。


「インチキチビの魔力とは違う!色を付けられない…!」


 そのダンジョンから生み出された魔力に、別の性質を持つ魔力が触れると、「見えなくなる」。

 1ヶ月ほど前にルカイオスの情報網に引っ掛かった、新型ill(イリーガル)のローカル。


 「最悪は無味無臭」。

 気付けないこと、恐怖すらできないことこそが、真の絶望!


「また来ます!」

「分かっている!」


 砂の柱が頭上を通過!

 青白くなるまで熱された火球が投下される!


 C型が盾となり、F型が運ぶM型を守っている!

 味方が炎に強いのを良い事に、向こうからは好きなように撃ちまくれる!


 火はそれだけではない!

 カーテンのように地を這い進む延焼も来た!


 上下から挟む形となったそれらが、“盲虎イミテイター”の魔力に触れれば、互いの効果で高め合った破滅的連鎖爆発がスタートする!


「クソッ!矢弾も残り少ないぞ!」

 

 弓型魔具で火球を撃ち落とすニークト!


「先端が急に溶けるからっ、やりにくいっ!」

 

 リボンで蛇火へびを叩き鎮める詠訵!


 だがニークトの魔具の調子がおかしい。

 急に「単なる強い弓」程度にまで性能が落ちた!


「まさか……!」

 

 スロットを開いて確認!

 カートリッジが、コア由来部分を完全に消失させている!

 使い切った?にしては早過ぎる!


「触れていたのか、さっきまで……!」


 “盲虎イミテイター”の魔力が、こっそりと魔具の内部に侵入!

 カートリッジから生産される魔力を制御不能にし続け、消耗を加速させていた!


「ヨミチィッ!」

「“九狐旧亙倶苦窮涸キューティクル・クレプスキュール”!!」


 咄嗟に掌印を結んでの瞬間的完全詠唱!

 ほぼ同時に彼らを胴上げするような爆勃ばくぼつ

 更に上からも踏み潰すような爆撃!


 リボン4本が消失!

 詠訵はすぐに簡易詠唱に切り替え、再度魔力を溜め始める!


「例の能力で、こいつらの位置を特定できないか…!?」

「青と黒のリボンは、ススム君と私との間の邪魔者を感知します……!『感知』です……!」

「リボンが観測出来ない以上、無意味と見るべきか……!」


 とは言え、リボンから出る斥力が増える為、防御を硬くすることは出来る。

 治癒能力による即応が出来なくなるが、そのリスクを取るべきか。


「!近いぞ!」

「なにっ?」


 と、その危険地帯に敢えて踏み込んでくる影!

 砂のフードとマントで身を守る、前傾二足の融合キメラ骨格が2体!


「W型!?」

「どうやらそうらしい!」


 立ち居振舞いからそれを感じ取った二人へ、2体ともが向かっていく!


「そっちから入ってくるとは、何を考えて——」


 シミターを構えたニークトの前で、そいつらの腕が展開する。


 二又となった先端の内側は光沢が出るほど磨かれており、合わせ鏡と化していた。


 上腕あたりのアンテナのようなものから取り込んだ光が、そこから薄く狭く放たれる!


 太陽光線攻撃!

 通常の地球上で受けるより遥かに強い日光を、更に凝集照射!


 ニークトの毛皮が発火して一部が溶ける!

 そして潜伏していたカメレオン魔力に引火!


 爆発!


 リボンの防御が間に合う前に、ニークトの体表近くで炸裂!

 両足が地を離れ、腕が千切れる!


 更に“盲虎イミテイター”の魔力は、ニークトの狼鎧の頭部、牙が並ぶ顎の中にまで達していた。

 爆熱で鼻腔が焼け、眼球を含めた顔中に骨が刺さっている!


 肩から生やした狼で飛んで行きそうだった部位をキャッチ!

 なんとかリボンで接合できる損傷に収めるも、敵は治療を許してはくれない!


 照射を継続して詠訵の魔力を削りながら、断続的に引火爆破!


 ニークトは鎧から別の狼の頭を生やし、それに情報収集器官の代わりをさせる!


「顔の傷は後で良い!腕だけでもくっつけろ!」


 火球や蛇火が空や砂漠を赤く染め上げる!

 詠訵の魔力がジリ貧になっていく!


 詠訵やニークトが放った遠隔攻撃がW型のマントで弾かれる!

 攻撃力がもっと必要だ!


 だと言うのにそのリボンの端が徐々に消えていっている!

 “盲虎イミテイター”が彼ら二人を締め殺しに掛かっているのだ!


 魔力が接しているのだから、それが爆発した時のダメージも大きい。

 詠訵の貯蓄は、温存どころか大赤字。

 簡易詠唱すら危うい状態にまで追い込まれた。


「先輩、左腕の調子、どうですか?」


 その状況で彼女は、テスト勉強の進捗を聞くように、平板な声でぽつりとたずねた。


「悪くない」


 パンッ、


 ニークトもまた、きっした紅茶の味を評する調子で答え、角度をつけてその両掌を合わせる。


「ちゃんと動く。つまり、オレサマの一部として使い物になる」


 肩口からは未だにドロリと赤黒い絵の具が垂れて、ベタ塗りの床絵を描いていたが、


 自分の意思で動かせる、それで彼には充分だった。

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