684.やるなら本気で来い
爆発で散らすことは出来る。
少しの間、大きめな一個体でいられなくして、動けなくすることまでは簡単。
“提婆”にけしかけられてきたそいつらを、魔力弾で穴だらけにして、中に燃えている炉を吹き消して。
それで退かす。
密集し、凝集し、硬くなって壁を作ったりもしてくる。
だけど、突き破れる。蹴り破れる。
衝突や爆風で、粉末状にして撒いてやることができる。
だが、それでは消滅しない。
一度総体として死んだとしても、再度火を宿し、足下や背後から俺を襲う。
「きみは勝てない!砂の城を壊せてもっ!砂そのものを滅ぼせないッ!」
その砂はよく燃えているように見える。
が、実際の話をするなら、強い熱を瞬時に発生させ、空気に点火しているだけ。
砂が燃えているんじゃない。
砂が火を吹いている。
中心の火の炉も、砂が噴く炎の集合だ。
極小のドラゴン集団が、波のように敵対者を潰す。
それが“提婆”のA型。
何もしなければ、砂は勝手に増えていく。
単為生殖でもしてるみたいに、コピーし、分裂し、倍々ゲーム。
全体を循環させるシステムの破綻。
人間にそれが起こった場合、脳やらDNA情報やらが破損して、不可逆の死が訪れる。
だがこいつらの脳や、全体の形の設計図は、“提婆”という物語が担っている。
“提婆”が死ななけりゃ、肉体を直せば蘇る。
砂はすぐに増えていくので、欠けたり取れたりした部分はすぐに治る!
と言うより、二つに分断されると、それぞれが別々の体を復元したりするので、バラバラにされることで数を増やしやがる!
プラナリアもこれにはびっくりだ!
なら砂の一粒一粒を爆殺する?
どうやって?
小さな虫は、自分の体長の何十倍の高さから落とされても、大したダメージを受けない。
軽いものは、それだけ衝撃に強い。
爆風で殴り殺せない。
それじゃあ、「魔力で熱殺するかなぁ!?できると思う!?わたしの子だよぉ?わたしの太陽を受ける子らだよぉッ!!」
そう、こいつらは熱にも強い!
俺が小さい敵によくやる、焼き切って殺すやり方も現実的じゃない!
「さあ!産んで!殖えて!天地に満ちるよッ!おまえを埋めるよ!おまえの宗派なんて知ったことじゃあないッ!おまえは土葬されるんだよおおおおおッッ!!」
「ぴ、ぃぃぃいいいいいい……っ!お笑いだな“提婆”!」
A型をぺしりと張り飛ばし、そいつらが生んだ単弓類数種を爆撃し、
「そこで嘘でも“火葬”って言えない時点で、火力の押し合いじゃ勝てないって、自白してるようなもんだろッ!」
目の前に現れた砂山に狙いを定める!
「ひょ、おおおぉぉぉぉぉぉ……っ!」
魔力爆破!
A型にトンネル開通!
「無様だねぇッ!やけっぱちに殴りまくったところで………っ!?」
奴がどれだけ大雑把とは言え、このダンジョンの化身であるなら、今起こったことに気付けただろう。
「お前のA型は、死なないのか?」
「こ、こぃ、こい、つぅ……!」
「どうなんだ?試してみたけど、これはまだ“生きてる”のか?」
「こぉいぃつぅうううううっ!!」
蚊を追い払いたいなら、手を振り回すだろう。
だけど殺したいなら、どうするだろうか?
簡単だ。
掌で挟んで叩き潰すんだ。
「魔力と魔力、圧力と圧力、爆風と爆風、なんでもいい。挟み殺した」
ガゴオンッ!
次々と開いていくボウリング球くらいの大穴!
画像加工ソフトの消しゴム機能で、外からじっくり削り取ってくみたいに!
「ぴ、ぃぃぃいいいいいい……っ!」
「やぁかましいいいいいい!!」
A型の大群質量投下作戦!
爆風を薄く鋭利にした魔力で細かく分けてから、欠片の一つずつを潰して回る!
横から突っ込んで来た三葉虫の柱5本!
左手をそちらに翳し、発射した魔力で折り曲げ、絡ませ、内から爆破!
「ひょ、おおおぉぉぉぉぉぉ……っ!」
帆のような器官に受けた太陽光エネルギーを長距離バーナーに変換する単弓類ども!
恐らくM型だろう!
吐き出す火柱の中心を魔力弾でぶち抜いて喉奥貫通殺!
「……!……!」
「ああ、『どうしてこいつ熱射病にならないんだ』、か?」
「っ!」
こいつほんと、戦闘能力で拮抗した相手との駆け引き下手だな。
俺でも分かるくらいダメって、相当だぞ?
たぶんそこらのヤクザとか低級狩りとかの方が、まだ思ってることを隠せるな。
「一つは装備だ。救世教から貰ったこのアーマーは、“不可踏域”攻略用に日光をより反射させるように出来てるらしい。体温調節機能も高性能だしな。
あとは俺の工夫だ。熱の籠った地面と直接触れないように魔力の層を挟んでるし、お前の眷属を打ち上げて日陰を作ってるし、何より——」
側転2回!
煉瓦色の光線が手前から薙ぎ払われる!
抉られた地表からマグマが沸いて噴火爆発!
俺が小細工を弄するとしても、そんなの関係ないくらい温度を上げようって魂胆だろう!
だが!
「ひょ、おおおぉぉぉぉぉぉ……っ!」
“不可踏域”に1年いながら、何の対策もしてないわけがないだろ!
この俺が、
日魅在進が!
「なんだ……!なんだ、それぇ……!」
「理論上は可能だろ……?呑み込んで、受け入れろよ……」
現実を認めることが、スタートラインなんだから。
「わたしのぉ、熱をぉ……!」
「そうだ。逃がしてる。んで、使わせてもらってる」
アーマーから体内に伝わろうとしている熱を、“向こう側”に伝達している。
俺が肺の中を空にし、魔力を放出するし切ることで、“向こう側”にも真空のポケットが作られる。
余分なエネルギーがあれば、そこに流れ込むような状態が出来ている、ってことだ。
“提婆”から押し付けられた熱を、分子運動を、その真空で吸い上げる。
そして今度は、“向こう側”から俺の回路を通って出てくるエネルギー、つまり俺の魔力として、利用してやる。
異常な過熱を、こっちの攻撃の一部として使ってやったのだ。
熱中症で殺せるとは、思わない方がいいだろう。
「に、人間が、たかが穴だらけで、魔力をチョロチョロ出してるだけの、ローマン如きが、そんなに万能なわけがぁ……!」
「少なくとも、お前の域に達する存在は、唯一無二じゃないんだよ」
こいつは絶対的な個ではない。
俺がその証明だ。
「なら、物量で戦ってあげるよ!」
A型から生まれたモンスター達が地中から襲撃!
どいつもこいつもこれまでで最高のパフォーマンスを発揮してやがる!
「わたしの子ども達は、飢えと渇きに苦しんでるんだ!肉体が壊れることも厭わず戦ってくれる、良い子達だよ!」
ある意味で死を恐れないより厄介。
このダンジョンのモンスター達は、生への強い渇望を燃料にして、敵を必死で食い殺そうとする。
それが特に強くなるのが、最も日射しが強いこの第10層!
「可哀想なやつなんだな、お前!」
だが、必死さで言えば俺だって負けてるわけじゃない。
そして頭のクールさが明確に勝ってる分、俺の方が有利まである。
「食いモンをチラつかせないと、自分の眷属のポテンシャルさえ引き出せないなんて!」
必要なのは、少しの切り傷。
こいつらの体内構造は、もう飽きるほど知り尽くしている。
回転刃付きの魔力弾を撃ちまくり、表面が切れた奴から爆破。
もう直接指先で斬ったり突いたりするまでもない。
「おまえッ!いちいちカンに障ってくるガキだなあッ!きみはッ!!」
またも光線。
今度は格子状に空間を縦横断。
体を数度、最低限だけ傾けて全回避。
続く噴火を避けながら、お返しに“生雷”をお見舞いしてやると、麦わら帽子が焦げて飛ぶ。
「………」
「流石に、電流じゃ死なないか」
熱に強い時点で、感電死にもあまり期待はしてなかった。
装飾品以外に目立った傷も付いてない。
ただ、別に痛くもないだろうに、雷電が当たった額を、左手で無言のまま押さえている。
「世界で最も多くの死を齎したのは、なんだと思う?」
「………?急にどうした?」
何故かいきなり声色が冷めた女は、左眼の上あたりを手で覆ったまま、よく分からないことを口走り始めた。
「戦争か?疫病か?隕石か?人類か?」
「どれも違う」、
A型どもが驚くほど静かになり、奴の周囲に行儀よく配される。
「2億5200万年前……!火山の噴火やそこからの大規模な大火事……!酸素の減少と温室効果ガスの大量増加……!大陸移動による南極の縮小……!焼却…!酸欠…!灼熱…!旱魃…!」
「温暖化だ!地球規模の気温上昇!」、
砂山達が、液体やゲル状物質みたいに、跳ね打っている。
「わたしらは、自分達を忘れさせない為に、自身に刻まれた死を再現しようとする……!だがそんな中でも、地球全体の気候を変えられるのは、わたしだけだ……!地球で最も凄惨な殺戮を実行できるのは、わたしだ…っ!」
太陽と、火山、そして大火事。
地球を暖める全て。
こいつの死は、“地球温暖化”、もしくはそれに近い何か?
「地球全土を巻き込んで、全ての生命を物語に参加させる……!その生態に、自分の存在を刻み込む……!そんなことが、おまえに出来るか……!」
砂の海から、中心の彼女へシャワーが浴びせられる。
細かく散りばめられた輝きは、水滴ではなく、陽光を返す砂金。
〈たかが一人の人間、どんなに頑張っても、言葉が通じる範囲で終わる、おまえなんかが……!わたしに並ぶわけがない……!〉
金色に沈む女の背後の火山が膨らみ、内側から岩盤を裂いて、鋭い光を発する円環のモチーフが現れる。
〈“矮小な生に金色の死を”……!おまえはこれから知る……!本物の特別を…!〉
溶岩が踊り狂い、砂嵐が吹き荒れ、竜巻のように流れ爆ぜるその暴乱の中に、
〈そして、これから死ぬ……!本来の末路通りに…!〉
巨人の形をした輝きが立った。




