683.キレ過ぎだろ part1
「やあ、ようこそ、わたしの“熱注昭”、改め、“盤魔鄽”へ」
鋭利で高熱の砂や岩が積もる、燃える砂漠と火山の混合物。
あちこちで火を立てる鉱物は、化石燃料なのだろうか?
「なんで名前が二つあるんだよ」
「わたしらの名前は、わたしらを承認する観測者が付けるんだ。今までその座は人間が占有してたけど、今やわたしらモンスターだって、決める側になれるってコト」
「きみらとわたしら、主客が逆転する日も近いんだよ」、
マグマから頭を出す砂の丘、女がサマーベッドで寛ぎながら、見下ろすように言い渡す。
「わたしらが観測者に、定義者になるんだ!わたしら自身が何者かを決めて、わたしらがきみらのことを決める!世界の仕組みに近いわたしらモンスターこそが、きみら人間より決定者に相応しい!」
「つまり何?“自称”ってこと?」
サングラス越しでも分かるくらいに眉が跳ね、演説に伴って広げられた両腕が、所在なげに宙を彷徨い、やがて力なく落とされる。
「これだからどーにも、ガキンチョの相手はイヤだねえー……。知性溢れる会話っていうのに付いていけないんだから、合わせるわたしらも苦労するよ」
「自分に酔ってるインテリ気取りって、割と陰謀論者と変わらないよな」
「何が言いたい?」
「いや、別に深い意味はないけど」
なんだか、思ったより余裕が無いように見えてしまう。
俺が油断してるせいなのか?
それともこいつ、実は想像以上に「ちっちゃいヤツ」なのか?
「………きみはさあ、分かってない。分かってないんだ、無知だから」
「お前が口を動かすのは、単に見下して気持ち良くなる為か?それとも本気で、俺を説得できるなんて思ってたりする?『なるほど分かりました』って、俺が降伏してくれるって、期待してる……なんて、そんなわけないよな?」
「………」
「………ないよな?」
「きみらは世界の、本当の姿を知らない。どうやってこの世界が出来ているかを知らないから、わたしに逆らおうなんて間違いに、平気で手を染められる」
「おいおいおい本気かよ?」
こいつ本当に、今から俺を納得させようって思ってんの?
どこまで自分の正しさに自信があるんだよ凄いな。逆に尊敬しそうになるわ。
「聞きなよ。重要なことさ。この世界の在り方についてさ。いいかい?この世界は侵略を受けているんだ!」
また両手を横に開いて、なんだか凄いことを言ったふうな顔をしているが、こちとらテンションが冷めていくばかりだ。
「侵略っぽい事なら、お前のダンジョンが現在進行形でやってるな」
「わたしは守護者だよ。この世界を守る側さ」
「何?人間が環境を破壊してどうのとか、そういう手合いだったのか?」
「違う違う。わたしはきみら人間のことも、その歴史と軌跡の全てを、守ろうとしてきたんだ」
言ってる意味が分からない。
こいつのやってきたことと言えば、誰かを殺すことばかりだ。
味方であるキャプチャラーズの面々、その命さえ平気で投げ捨てて、
じゃあこいつは、何を守ってるって言うんだ?
「ダンジョンは物語、つまり誰かの記憶だ!だけど全て、ある条件に合致するものに限定されている!なんだか分かるかい?」
「……誰か、何かが“死んだ”記憶?」
「思ったよりやるね!そう!全てが“死”に関する物語!だけど、それだけじゃあない!」
彼女は立ち上がり、弁舌に熱を入れ始める。
「忘れられた記憶!それさ!一度は世界から失われた物語!それが消滅を拒んで足掻いた結果、この世界に漂着し、残り続けようと侵略した!それがダンジョンの始まりだ!」
忘却された、異世界の物語。
それらが自らを残す為に、この世界に定着する質量を産み落とそうとした。
それを成すまでの過程の姿、蛹のようなもの。それがダンジョン。
「だけど、奴らが入り込もうとしたところには、先客が居た!歴史とは、連綿と紡がれた死の目録だからね!居場所を作るには、別の死を蹴落とすしかない!そうしてその小競り合いに負けた歴史も、ダンジョンへと落ちぶれてしまった!」
在来種と外来種の生存競争。
それがこの世界で起こっていたと、そいつは言う。
この世界の過去を埋める、死を伴う物語。
その領域における永住権の奪い合い。
「わたしはね!この世界の元の形を、ダンジョンなんてなかった歴史を知っている!どういう風に空白を埋めれば、“本物”に戻せるかを熟知している!
元のわたしはきみと同じように、この世界の住民だったんだ!そして初めて、本物の質量を生み出したダンジョンとして、運命に選ばれた!
もう分かるだろう?わたしには使命がある!だからわたしが、“永級1号”に選ばれた!この世界を、あるべき姿に戻す為に!」
「使命」。
つまり、物語の選別。
外力に捻じ曲げられた歴史を、本来の姿へ修正すること。
「至難を極めたよ!結構な歴史が、閉窟や“席の喪失”という形で完全に忘却されていた!
そうなったらもう、似たような物を見繕って埋めるしかない。微妙に違うけれど、それでも妥協するしかない。わたしの知っている世界との差を、なんとか開き過ぎないように腐心して……
そうやって繊細な調整をしている間にも、外来種共は大量に湧いて、殖えていく!忌々しいったらありゃしない!」
お立ち台の上でポジションを変えながら、身振り手振りまで演じてくれる。
まあ、面白くないと言えば、嘘になる。
「“転移住民”!あれは滅びるべきだった!それが世界の意思だったんだ!ただ奴らが消えても、世界中のダンジョンはそのままだ!あちらを潰しても、こっちで再興する!
一度に一万匹出て来るモグラ叩き!終わりが見えないイタチごっこ!
手が足りない!わたしにはもっと!もっともっと力が要る!全世界のダンジョンを、完全にコントロールするほどの力が!」
だから、勢力を伸ばしている、と言いたいのだろう。
全ては「本物の世界」とやらの為だと。
「ダンジョンは残ろうとする物語……、つまり、魔法みたいに、人の認知でその力を強める?」
「そうだ!きみらがわたしのことを、この永級1号を畏怖してくれるほど、わたしは更なる高次へと至る!わたしの大事業はその為にあるんだ!義は“環境保全”にあり!」
「………よく分からないけどさ」
さっきから聞いてて、何故か言及されてない点がある。
「お前が『外来種』じゃないって、どうしてそう言い切れるんだ?」




