682.なんか分からないけどこれしかない道を選ぶ!
白いシャツと好対照の黒いサスペンダーを指に引っ掛け、ゴムが縮んで胸に当たる、パチリと小気味良い音を響かせる。
積もった砂の上だと言うのに、爪先と踵がカコカコと硬く鳴る。
どこからどう見ても、行動の端々まで、間違いなくアインさんその人。
彼がここに居るってことは——
「クリスティアがまぁた何か企んでるんですか……?」
「いえ。これは僕の独断です。と言いますのも、反逆の意思に勘付かれまして」
で、最近まで捕まっていたのだと、彼はそう語った。
クリスティアにとって、その大きな力は脅威。
一方で、最終兵器であり福音でもある。
だから勝手なことをしないように、そしていつでも好きな時に使えるように、ガチガチに拘束して宝物みたいに“保管”しようとしたらしい。
「でも今、結構自由そうに見えるってことは……」
「お察しの通り、大脱走中です」
「それはその……」
俺は横目で黒づくめのおじさん?おにーさん?を見ながら訊ねる。
「はい。彼とは利害の一致がありまして」
「で、誰なんですか?あの人」
それにアインさんが答える前に、“太子”の気付きが早かった。
〈その、影の能力……!貴様、“最悪最底”であーるか……!〉
「おっと。ご存知頂いてるとは、光栄だネェ……」
〈貴様には一度、不敬を働かれているのであーる!あの媚びイルカで我が神の儀を妨げたこと、忘れたとは言わせぬぞ!〉
えっ!?“最悪最底”!?
マイナスランクディーパーの中でも最も危険視されてるっていうあの!?
色んな国で窟災の封じ込めを妨害したり、テロ組織に協力したりして、民間人を殺しまくってる国際指名手配犯!
「ちょっ、激ヤバ危険人物じゃないですか!」
「ええ。背に腹が代えられたのなら、僕も組みたくなどなかったのですが」
「えー?せっかくここまで運んであげたんだからサア……。もうちょっと親近感持ってくれても良くないカナ?」
「無理な相談というものです。これが終わった後にあなたも排除させて頂きます」
「恩返しと思って見逃してくれたりとかサア……」
おいますます意味が分かんなくなったぞ!?
なんだって世界最悪のテロリストがこのタイミングで、しかも世界最高のチャンピオンとこんなところに居るんだよ!?
「彼の目指すところは不明瞭ですが、僕の目的はシンプルです」
アインさんは帽子のつばを、人差し指で持ち上げ宣言する!
「イフリに住む人間の生命と財産!そこに信用を与える!その為に、“不可踏域”は滅ぼしますし、陽聖の都合で核を落とさせもしません!」
つまり………
「今は味方ってことでいいですか?」
「そういうことになりますね」
以前に聞いたこの人の思想、目的と一緒に考えても、矛盾はない。
クソミサイルが撃ち込まれる前、俺達が殴り込んできた今を、最後で最大のチャンスと見た、ということなのだろうと頷ける。
問題は——
「ボクはね、進クンに要求があってきたんだ」
「?俺?」
テロリストからの“お願い”なんて蹴っ飛ばしてやるのが正しいんだけど、だがこの変な状況を呑み込む為にも、聞かないわけにもいかないだろう。
「何して欲しいって言い出すんだ?」
「簡単さ」
“最悪最底”は、本当にどうってことのない内容を口にするみたいに、サラッと俺に笑いかける。
「全力のキミ一人で“提婆”と戦って欲しいんだ」
「………は?」
「ここで仲間を待ったりとか、一旦引き返したりして、合流するのはナシだ。キミだけで、10層に居るヤツと戦って欲しい」
「な……」
なんだ?
こいつ、本当に何がしたいんだ?
「キミがここから一人で10層に向かってくれるなら、ボクが加勢して、彼らの相手をしてあげるよ」
「僕はどちらにせよ戦います。ill2体相手であろうとも」
「だってさ。どうする?」
「いや、それ、俺に目立った得なんてないだろ?俺がアインさんと協力して、こいつらを殺して、そっからゆっくりみんなと合流すればいいんだから」
〈なんだと!?聞き捨てならん!我々に勝てる気であーるか!?〉
〈口が過ぎるぞ!汚らわしい魔女ども!〉
「ごめんちょっと静かにしててくんない?」
よりにもよってこいつら2体とも、イリーガル連中の中でもうるさい方なんだよなあ。声量的な意味で。
会話の邪魔とかいうレベルじゃない。
「いえ、それはオススメできません」
異を唱えたのは意外にもアインさんだった。
「ど、どうしてですか?」
「あなたがこの場に拘束されることになるからです」
「拘束?」
確かに、少なくとも結構手こずるだろうし、ダンジョンを呼び出されたらそこに閉じ込められるわけだから、拘束と言えばそうなるのか?
「まず現状を共有しましょう。あなたの一行は現在、3つに分かれてそれぞれ1体ずつのillと戦闘しています」
俺以外のみんなが戦闘中。
それも気の抜けないギリギリの攻防。
「その中で、あなたがフリーだからこそ、今の均衡が保たれている。分かりますか?」
「……!俺がすぐに駆け付けられないって保証があったら、あのビキニ女が自由になる…!」
「その通り」
奴らはどうやら、俺を最も警戒している。
そんな俺が一人の時に、向こうの最高戦力をぶつけたいと思っている。
俺が自由なら、“提婆”がどこかの味方に加勢した時に、後から飛び入り参戦してくる危険がある。俺と“提婆”を交えた複数対複数戦では、不確定要素が多くなる。
一方、俺がここで足止めを食って動けないとなったら、“提婆”はすぐにでも味方を助けに行ける。そして人間側を殲滅し、フリーになったイリーガル2体が別のイリーガルをアシストしに行って……と、連鎖的に戦線が崩れる。
俺がまた動けるようになる頃には、精神力を消耗した上で、イリーガルに数的優位を取られた状態。
では、ここを“最悪最底”に任せて、俺一人で“提婆”を押さえに行く場合は?
少なくとも、圧倒的な有利不利が発生しなくなる。
全力の俺と、全力のあいつとのバトル。
前段の仮定より、勝ち目は大きい。
「ボクの能力は、ダンジョン内外すら横断できるからネエ。ボクさえ協力すれば、ここに居る彼らはキミを捕まえていられない。『うん』と言ってくれれば、キミは確実に10層へ、“提婆”へ辿り着く」
永級1号の強大さから、あいつがillモンスターの中でも別格だと分かる。
俺が居ないところで、奴をみんなにぶつける。それも、他のイリーガルと互角に戦ってる中に、投下させる。
正直言って、やりたくない。
幾ら「仲間を信じる」って言ったって、その状況で勝ってくれることを望むのは、盲信とか根拠なき神頼み。精神論でどうにかなる域を超えている。
「ススム。これが最善です。あの男の得体の知れなさには引っ掛かりますが、これ以外にありません。ここは僕に任せて、あなたは先に」
「………分かりました」
不安は残るが、俺と“提婆”に1対1で戦わせることを、“最悪最底”が望んでいるのは、間違いないと思って良い筈だ。
今はそれに乗るしかない!
〈で?〉
「!」
発砲音が鳴る頃には、アインさんが高密度防御壁を展開していた。
抜け殻にされたディーパー達の弾丸が、ガギガギと透明な壁を削り掘る。
〈どうして余が先刻から、貴様達の話し合いを、寛大にも許してやったと?〉
A型である砂山共が、“夜叉”の炎を着込み、その赤さを鮮やかにする!
〈一つは、長引くほど人間共が死に近づくからであーる。今現在は均衡が保たれているが、いずれ確実に我々の側が勝つ。勝った者が、順次あの御方の許へ集って、貴様の処刑執行に加わる!その時間を稼がせて貰ったのであーる!〉
「そしてもう一つ!」、
人体で出来た巨大四角錐が大量追加建設!
2体のイリーガルも含めて俺達を包囲!
〈無意味であーるからだ!〉
更に俺達の頭上に、上下逆の四角錐が出現!
〈「目上の者には礼を尽くすべし」!我が法はシンプル!そして解呪等を持たぬ貴様達が、それに抗うことなど出来ぬぅぅぅぅッ!〉
魔力の気配!
これは……自分のローカルの作用を強めるつもりか!
〈“皆で逝くなら怖れなし”!余が命ずる!跪け!余の忠なる奴隷であーれ!〉
頭上の四角錐の先端から裸の人間らしき物体が注ぎ落とされる!
それらは頭から俺達を押さえ込もうと——
「残念だけど」
足の下に別の魔力。
この感覚は……!
「それはボクらには効かないんだ」
少し迷った後、不自然な影に飛び込む!
さっきまで見ていたのと同じ見た目、だけど上下が逆な世界を泳ぐように進んで、また影から元の世界に戻る!
いや、ここは既に10層!
「吾妻さんの能力に似てるけど、なんだこの異質さ…っ!階層までスキップって……!」
色々と疑問があるけど今は言ってられない。
風向きは明確に掴めている。
あの女の位置が分かる。
奴の他の手は全て潰した。
これで舞台は整った!
俺と、“提婆”との直接対決!




