677.やっぱり格が違うヤツ
永級1号の周辺に建設され、かつては多くの人間が居住していた都市。
軍事、資源、宗教的に大きな意味を持っていた場所、聖都。
近現代の四角い建築と、旧市街や石積みの塀が、白茶けて調和していたその街は、今や半分以上が砂の下に沈んでいる。
大規模フラッグによって人類がこの地を喪失してから、まだ100年も経っていないというのに、この惨状。
それは過酷な環境によるものと言うより、ダンジョンの物語に呑み込まれてしまったことが、主な原因であった。
今、クリームソースのように滑らかな丘陵を作る砂の山が、その表面をザワザワと流し、巨大なゲル状物体のように這いうねらせている。
それは風によるもの、ではない。
モンスターが身に纏う為に操っている、というのも違う。
ここに積まれているのは、一粒一粒が日光をエネルギー源とする眷属である。
“提婆”の下に服したことで、世界でもトップクラスに日射しが強くなり、モンスターですら砂嵐を纏わなければ生き残れない極限環境となった聖都、そこでのみ生きれる砂粒型群体。
まるで一つの体を持つように、吹き進み、空を飛び、時に気ままに、時に主の命ずるままに、地べたを埋め尽くしていく。
その中には、強化されても視認困難なほど、微細な個体も存在しており、それらが大胆かつ繊細に外敵へと襲い掛かる。
現在、聖都上空が侵入危険領域となっているのは、航空機の接近を察知したそれらが、高々と塊を打ち上げ、細かく分裂し、エンジンその他の機器を破損させるせいである。
対地攻撃用の爆弾を抱えていけば、信管に入り込み暴発させ、目的地に着く前に自滅させる。弾幕は絶え間なく展開され、魔学的なシールドを張っても、突破されることが屡々。
彼らは光、つまり電磁波や、魔力を餌とする。
よって、大抵のエナジーシールドは、むしろご馳走レベルである。
必要なのは攻勢防壁、攻撃タイプの鎧だが、威力やコスト、稼働時間等の問題をクリアして、航空機に積めるレベルの小型化に成功したものは、まだ現れていない。
爆撃機にディーパーを乗せて、その魔法で防御させるのも一つの手だが、そんな都合の良い能力を持っていて、空中の高速移動についていけるレベルの使い手であるという条件が、狭き門に過ぎる。
ゆっくりと滑空するような動きで長居をさせれば、砂が付着する可能性が高くなり、死亡率が上がってしまう。故に航空機を減速させるのも“ナシ”である。
そこまでの条件をクリアし、選ばれたエリート達が爆弾を落としても、砂嵐が作る膜に阻まれ、大した戦果が上がらない。最高の人材を使ってまで、やる意味がない。
空爆に限らず、あらゆる長距離攻撃、塩試合の誘いを断り続ける領域。
それが今の聖都である。
それを攻略するには、どのような策が有効か?
1秒も途切れない全周への攻撃を撃ち続けながら高速で永級1号に突っ込んで9層のA型を殲滅する。
これである。
この完璧な作戦には問題が一つあり、それは一言で表せるだろう。
「無理では?」。
そう、無理なのだ。
実現不可能なのだ。
確かに、理論上は出来ることのように見えなくもない。
数十分も広範囲攻撃を継続できるほどの使い手が、それなりの速度の移動手段とA型複数を速やかに殺せる火力を得て、乾坤一擲の特大博打にオールインするなら、やれなくもない。
ただ、どう考えてもチャンピオン複数レベルの戦力が必要。
それを有する複数の勢力が、強大な防衛力、影響力であるそれらを全ロストすることを承知で、「やる」と言い切らなければならない。
その上で、国連が首を縦に振らなければならない。
そんな、周辺地域や人類の危機に際して、身を切るような痛みを覚えてまで、全力で問題を解決しようとしてくれて、政治力まで持っている、都合の良い集団が複数同時に現れるなんて、夢物語などある筈が——
「「父の瞋りを」」
あった。
彼らは白い炎で敷かれた道を、最新の戦闘車両で爆走していた。
二千と数百kmの旅路、そのゴール、残り10000mを切った地点、旧都市圏に突入していた。
ビルの間で待ち伏せた戦車達が、顔を出す前に迂回した魔力や壁越しの貫通弾で撃破されていく。
迫り来る砂山どころか、地中の住民共も寄せ付けさせない。
救世主教会の最高戦力、丹本潜行業界の虎の子、英国貴族が派遣した特命部隊、狂気の好奇心中毒者とその助手的問題児、そして現地や国連からの有志達で構成された一団。
象の鼻から投げられた瓶から聖水が撒かれ、浄化の白炎が引火し盛る。
尋常の生命を許さない、強光、猛火、死の砂が支配する地。
そこに真っ白な、正義を探す者達の軌跡を刻み、永級1号に届かせようと伸ばし続ける。
ビル群に巻き付く、巨大な蛇、いや、龍?
正体は、新幹線に似た列車である。
それらはレールと共に空中を通り、聖都解放を図る一行に突っ込む。
だが車列から飛んだ小柄な潜行者が一匹を下から突き上げ、魔力爆破で方向を調整して別の一匹に突っ込ませる。
絡み合って自壊していくそれらを見捨て、体内に入って気管を傷つけようとするウザったい砂嵐を退かしながら帰還。
その間に黄金板と楕円ゲートが別の3匹を処理している。
砂粒共が、車列上部を守る壁を侵食、中へと浸透。
だが古茶の水球を当てられ、目に見えないほど小さい粒子も含めて纏められ、一瞬後には氷結させられる。
防御の内側には、水分を生みながら様々なエネルギーを奪う六花が散りばめられており、日光も含めて回避困難な攻撃を減衰し続けている。
砂粒の中にはキラキラと強く反射するものもあり、それが太陽からの光を曲げ、焦点を合わせて集中的に焼き切ろうとしている。
だがそれは誰かしらにすぐに察知され、即座に壁やリボンで防御される。
上空に爆装した航空戦力!
だがあれはモンスター側だ!
絨毯爆撃が浴びせられるも、それらを全て切り裂く複数の光輪が高高度まで追いかけてくる!流石は豊富な信者数で地球全土をカバーする世界宗教!魔法の射程もえげつない!
爆撃機と光輪のドッグファイト!
砂嵐防御だけでは輪の中から出る雷までカバーしきれず撃墜されていく!
モンスターの破片が飛び、砂が焼き滅ぼされ、預言者を前にした大海の如く道を開けていく。
雨より密度が濃い致命弾幕を、道端のゴミのように一蹴していく。
彼らの目的地まで、あと2、3分。
その時、車列の上に張り付いていた塊の中に、朱色と黒に染まった者が混じっていた。
何人かがそれを気付き、顔を上げながら警告していた。
た
き
て
け
抜
り
と、三角帽子と旅装姿の鳩人間がす
り
る
す
ら
か
下
の
車
車列の至近に出たことを確認した“鳳凰”は即座に魔法効果を解除、互いに干渉できる状態に戻してすぐに前後の2台を蹴り飛ばす。
誰の防御も間に合わず内側からの風でバラバラにされていくそれらを振り向きもせず、前方に羽根のダーツ矢を射出、それが刺さった車体をマーキングして魔法を再発動、脇目も振らずに突進していき——
「!」
気が付くと上に向かって飛んでいた。
さっきまで追っていた車の後尾は、ミシミシと砂嵐に潰されて、黄金板という真の姿を晒す。
マーク出来ていない。
偽の光景を見せられている!
彼の前に楕円ゲートが広がる。
急旋回で避ける。
尚もあちこちに開く黒い口を自在な制動で回避。
敵が作る障壁の上に出てしまったそいつは、一旦立て直すべくビルの屋上に降り立ち、背後からの一撃に素早く反応して止める。
「よーっ、リベンジマッチだ鳩ぽっぽ」
ゲートから現れた吾妻。
足止めの為に出て来たか。
〈良いだろう。同じ運び屋の誼、手合わせ願おうか〉
“鳳凰”は砂嵐を操る能力を吹かされた眷属の鳩の大群を呼び、全方位を囲い込み、
「本音を言えば、“罪業と化ける財宝”、そいつは割とありがてえ」
その時、もう一人がゲートから飛び出し、黄金のガントレットで覆われた、両拳を打ち鳴らした。
「『日陰でこまめに水分補給を』、だったな。あのクソ太陽は攻撃だ。ただ暑いってだけでもウゼえが、光で肌を焼き、敵の効果を解呪し、水分を奪っていく呪いを付与する。俺の黄金も、あの下だと幻覚を使えねえ、んだが、」
その日射を、他ならぬ“鳳凰”が仲間達で塞いでくれた。
「特別大サービスで言ってやるがよ。今テメエは、俺の能力に囲われて、どこにも行けなくなってるぜ?」
既に、本物の景色が見えていない。
外の鳩から得ている情報が、正しいという確信すらない。
よって、眷属に別の場所をマーキングさせる、その手すら今は打てなくなっている。
「ここを球状に囲う黄金板を、どうやって取り除く気か知らねえけどよぉ……」
「時間掛かるぜー、しこたまよー……!」
多くの仲間を連れていたそいつは、暫くの間1対2を強いられることになった。
〈“問題”だが、“敗北”ではないな〉
翼を持つ両腕で羽根のダーツを構え、二人分の幻像に向き直る“鳳凰”。
双方を殺す決意に、衰えは、ない。
〈慣れている。急に訪れる絶滅危機には〉
翼を広げながら360°回転投擲!
黄金板が次々破砕!
その行動の後隙を狙った吾妻の蹴りに猛禽の爪を返し、反動で回りながら裏拳でガントレットを打ち弾く!
〈常に周囲の全てを攻撃し、手探りで屠る〉
バック転で楕円ゲートを避けながら前方に羽根の散弾発射!
旅装を破って全身から羽根ダーツが連射される!
〈攻撃したいのならば、触れなくてはならない。触れれば、真贋など簡単に判定できる〉
狭い閉所、幻覚の中、強みを殺され不利に立たされ、
尚も捉え切れないのが“鳳凰”だ!




